「アメリカの猿まね」をしているだけなのか

そして今回のホワイトカラー・エグゼンプションのターゲットにされているのは、もともと労働時間規制のない管理職ではなく、非管理職層なのである。

「労働時間の長さではなく成果で払うべき」と主張している割には、自社では年功的運用を依然として続けているのだ。

したがって「労働時間規制=残業代支給」が成果主義的働き方を疎外しているという理屈付けはとうてい納得できるものではない。

つまり、経済界が主張する「成果」と「労働時間規制」の関係は何の脈絡もないことになる。

加えて労働時間を規制する最大の理由は「労働者の保護」にあり、働き過ぎを防止し、健康を守ることにある。ところが、労働基準法36条に基づく労使協定に「特別条項」を設ければ、実質的に無制限に働かせることができる。実際にこの規定を使って月間100時間以上働かせている企業も少なくない。

ホワイトカラー・エグゼンプションを導入することになれば、労働者保護の観点から労働時間の上限を規制する方策があってもよいのだが、政府の産業競争力会議は法律で上限を規制する具体案を提示してはいない。

そうなると労働時間規制見直しの真の狙いはどこにあるかということだ。

04年のアメリカのブッシュ政権下のホワイトカラー・エグゼンプションの規則改正が経営者側にとって、人件費の上昇と時間外労働への対処(時間外労働手当の削減)が重要な課題として意識されていたことはつとに知られている。その結果、アメリカではホワイトカラーの20%超が労働時間の適用除外者になっている。

また、労働時間規制の見直しを要望している政府の産業競争力会議の経営者委員は「熾烈な国際競争の中で、日本企業の競争力を確保・向上させるためには、労働時間規制の適用除外は必要不可欠である」と意味深な発言している。

さらに日本のホワイトカラーの生産性は諸外国に比べて低いことを踏まえ「経済のグローバル化の進展や国際競争の激化に伴って、ホワイトカラーには、これまで以上に高い生産性が求められている」(経団連の提言)といった経営者側の発言が労働時間規制改革論議で飛び交っている。

言うまでもなく、低いコストでいかに効率よく高い生産性を上げるかによって企業の競争力は高まる。グローバル競争は人件費を含めたコスト競争力の戦いでもある。

労働時間規制をなくし、残業代がなくなれば、必然的にホワイトカラーの労働生産性が高まり、国際競争力の向上につながる。これが経済界の最大の狙いであることは間違いないだろう。

しかも労働者を保護するためのペナルティである残業代をなくし、それに代わる労働時間の上限規制を設けなければ「時間を気にせず働きなさい」と言うことができるし、結果的に長時間労働に駆り立てることにもなる。

アメリカのホワイトカラーには日本人顔負けの長時間労働を厭わない“猛烈ビジネスマン”が10%もいると言われる。それだけ働かないと出世も望めないし、生き残れないと考えているからだろう。そうした環境を支えているのがホワイトカラー・エグゼンプションでもある。

もしかしたら経済界の一部にはそんなアメリカのような企業社会を作りたいと望んでいる人もいるのかもしれない。

だが、アメリカでは出世競争から脱落し、仕事が嫌になれば転職すればよいが、日本はアメリカに比べて転職市場はまだまだ未成熟である。仕事に嫌気がさしても我慢して踏みとどまる人が多い。

企業の競争力が高まっても、犠牲を強いられる労働者が増えることになりかねない。

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