以前、地方からやってくる中学校の修学旅行生の一部をウチの工場で受け入れたことがあったんだ。たぶん旅行の行程の中の「自由時間」なんだろうな。多くの子供は東京ディズニーランドやお台場なんかに行くんだろうが、変わった子もいて、書籍やテレビ番組で知った俺の工場を見学したいと熱心に申し出るケースがあるんだな。

もちろん工場内を見せてやるんだけど、それだけで帰してしまうんじゃ、つまらねえ。そこで工場見学のあと、ウチの裏にあった江戸前寿司屋で生徒に予告なしでご馳走してやるんだ。「トロでもイクラでも、好きな寿司を好きなだけ食べていいぞ。でもな、ビールは飲むなよ」なんて言って、俺はわざといなくなって遠慮なく食べさせたわけだ。

もちろん、支払いは俺が全部持ったよ。カウンター席で好きなネタを職人に注文して、その場で握ってもらう。そんな体験は初めての子も多かっただろうな。職人と対面する独特の緊張感と、新鮮なネタとシャリの旨さを存分に味わった子供からはたくさん感謝の手紙をもらったね。きっと学校では絶対に習わない「授業」になったんだろう。

俺の勝手な考えだけど、安いもので腹を満たしてばかりいると、どうも人間的な魅力が失われてしまうように思うんだ。身も心も、100円ショップのようになっちまってさ。世の中には、いい風体の人と悪い風体の人がいて、本物を知っている人ほど風体がいい。見る目があるし、品もある。

ふだん節約することの大切さや小遣いの使い方を教えるのと同様に、ときには、一流のサービスを受けてパーッとお金を使う経験をするといいと思うよ。

言うまでもないけれど、旅も子供を成長させるいい機会だ。実際、俺の娘2人(長女:水泳コーチを経て、主婦。次女:外資系航空会社の客室乗務員を経て、主婦)には、「20歳まではやりたいことはなんでもやらせてやる」と宣言していた。毎年3、4回は家族で海外旅行に出かけていたよ。よく行ったのは日本と趣の違う自然豊かなアジアの島、それに発展途上国だ。途上国は、エネルギーに満ち溢れていて街の成長を肌で感じることができる。だから社員旅行でも、もっぱらそういう国々で、欧米へは一度も行ってないな。

次女は大学時代に南米を一人旅したいというから、(1970年代後半で治安がまだ不安定だったゆえ)安全も考えて、「行ってもいいが、超一流ホテルに泊まれ」と言ったんだ。当然、そのほうが次女にとって身になる経験値を上げられると踏んだからだけど、旅行費はなんと計200万円! 正直、ずいぶんかかったなあ(苦笑)。でも、今で言うセレブな人との出会いやその後の進路(航空会社)を思えば、娘への投資は決して高いとは思わないね。