かわいい子には旅をさせよ、って言うけど、あれ本当だな。ひと回りもふた回りも精神的にたくましくなって帰ってくる。塾代に金をかけるのも悪くないけどさ、俺なら「100万円やるから、世界を旅してこいや」って言うな。

孫も、小学2年生のときから、どじょうすくいが面白くなったからと、夏休みになると本場・島根の先生のところへ泊まり込みで行かせた。どじょうすくいの練習以外にも、草むしりや掃除などいろいろ手伝いをやらされてね。そうやって他人に教わったり自宅以外で経験したりすることで子供はグンと成長する。

子供時代は、俺も日々、冒険旅行だったよ(笑)。俺はこの東京の下町に生まれ育ったけれど、戦前から戦後にかけては、この辺りが今の「六本木」のような最先端の街だったんだ。玉の井の色街もこの辺りにあった。周囲が焼け野原なのにそこだけは煌々(こうこう)と明かりが灯る不夜城でね。まさに永井荷風の『墨東綺譚(ぼくとうきたん)※』の世界だよ。戦後しばらくすると、資生堂や花王石鹸(現・花王)、ライオン石鹸(現・ライオン)など大手の工場を含む一代工業地帯もできた。

玉の井ではきれいなお姉さんの使い走りなんかをして小遣いを稼いだり、工場ではモノ作りの工程をじっくり観察したりしてね。風鈴、コップ、ガラス、ゴム……。職人の技は何時間眺めていても飽きなかったな。

当時はまだきれいだった荒川の向こう岸を友達と泳いで渡ったりもしたな。日時によって、目に見えない、川の流れがあって、それを考えながら最短距離で泳いだ。

地元でそうした社会見学や工場見学を勝手にして「本物」に触れたことや、隣町へ遠征してのちょっとした冒険や失敗をたくさんしたことで、俺は今の俺になったわけだ。

俺は、終戦の年に小学6年生で、今の制度でいえば中学中退になるんだけど、この年になるまで何とかそれなりにやってこられたよ。考えてみれば俺の場合、金は全然かかってねえけどな(笑)。時代が違うと言ってしまえばそれまでだけど、つまり、金はかけなくても本物体験はできるってことだ。

とにかく感性を磨くこと、そして失敗もさせること、これが子供を利口にする方法だと思うよ。

※本来の表記は「墨」が左にさんずい

岡野雅行
岡野工業代表社員。1933年、東京都生まれ。痛くない注射針やリチウムイオン電池ケースなどを開発した金属深絞り加工の世界的職人。NASAをはじめ国際的な企業とのコラボも多い。『学校の勉強だけではメシは食えない!』など著書多数。
(大塚常好=構成 遠藤素子=撮影)
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