【玄侑】被災者の方ももっと苦労自慢をしていいんでしょうね。ただ、まだあんまりみなさん口には出しません。もう少し時間が経たないと難しい気がします。そんな中で、「とにかく笑顔で頑張れ」みたいなことを言われると、泣けないまま負のエネルギーがこもっていく可能性がある。それを芸術などに転化する人もいるでしょうが、大部分の人にとってはやっぱり毒物として作用すると思います。だからもうちょっと出せる環境も必要ですね。

【山田】悲惨な目に遭うことも人間の心を育てますが、その一方で考えないといけないのは、その価値観だけでずっと生きていくことはできないということです。「メメント・モリ」とよく言いますけれど、確かに死を思うことは大切です。根本的な体験を突きつけられると、いままでのくだらない悩みが無化されて、いちばん大事なものが見えてくる。でも、それだけでずっと生きたら、人間は非常につまらない存在になります。ですから、悲劇や苦労の中で啓示された真理だけで生きていくのもまずいんじゃないかと、僕は思うんです。

【玄侑】震災の後、私は『方丈記』を何度も読んだんです。

【山田】僕も読みました。すばらしいですね。

【玄侑】鴨長明はあれだけの体験をしたうえで、「生活はコンパクトに、いつでも移動できるようにしたほうがいい」と言う。ある意味では災害の多い時代の理想の生活を提案しているんですけれども、「富める人にそれを求めるわけじゃない」という一言を書いた途端、長明はハッと気がつくんですね。

「待てよ。こういう自信ありげな発言というのは、仏様のいう執着ではなかったか。自分は執着を捨てるために出家したのではなかったか」と自省する。

それは先生が「その価値観だけでずっと生きていくわけにはいかない」とおっしゃったことにもつながっていて、まさに仏教の勘どころだと思うんです。仏教では、原理とか絶対的なものを認めません。ただ、その瞬間ごとに絶対的な唯一の道というのはあるんですね。しかし、それはすべて方便であって、それでずっといくわけじゃない。世の中が無常なのは誰でもわかりますが、自分自身も無常にならなきゃいけないんです。つまり、「こうではないか」と思ったことを、常に突き崩していく必要があるわけですね。

ところが、政治の世界でマニフェストというものが掲げられたり、経済の世界で目標というものが大事になってきたり、ついにはそれが人生態度にも持ち込まれるようになってしまった。学校も会社もみんな計画とか目標を重視して、ガンバリズムで人を牽引するわけですけど、それがあるために合理性の範囲でしか事が起こらなくなるということもあります。

【山田】小説でも、いつの間にかそうなってしまうことってありますね。無意識から偶然に何かが出てきて、それが最初から考えていたことよりも、意味が濃く面白くもなったりすることがあります。

山田太一
脚本家・作家。1934年、東京・浅草で食堂を営む両親のもとに生まれる。10歳で神奈川県湯河原に疎開。58年早稲田大学教育学部国文科卒業、松竹入社。名匠・木下惠介氏の助監督を務める。65年独立。73年テレビドラマ「それぞれの秋」で芸術選奨新人賞。83年「ふぞろいの林檎たち」シリーズがスタート。著書に『空也上人がいた』。

玄侑宗久
臨済宗僧侶、小説家。1956年、福島県・三春町の福聚寺(ふくじゅうじ)に生まれる。慶應義塾大学文学部中国文学科卒業。工事現場作業員など様々な仕事を経験後、83年天龍寺専門道場入門。2001年『中陰の花』で芥川賞受賞。08年福聚寺住職。著書に『四雁川流景』『無常という力 「方丈記」に学ぶ心の在り方』。
(柳橋 閑=構成 牧田健太郎=撮影)
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