明治、大正時代は側室がいたが、昭和天皇は…

明治天皇には六男九女、15人の子女がおり、もちろん母親は一人ではない。大正天皇の母親は側室である。昭和天皇は久しぶり(?)の正室の子で、実のところは不明だが、公式には大正天皇には側室がいない。昭和天皇は、良子ながこ皇后との間に最終的に二男五女をもうけるが、最初の4人のお子さんは立て続けに女子だった。周囲が側室を勧めたが、「人倫に悖もとることはしたくない」と拒否している。

大正天皇の皇子たち、左から裕仁親王(昭和天皇)、宣仁親王(高松宮)、雍仁親王(秩父宮)
大正天皇の皇子たち、左から裕仁親王(昭和天皇)、宣仁親王(高松宮)、雍仁親王(秩父宮)(写真=PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

明治天皇の男子は、大正天皇以外はみな早世したが、大正天皇には昭和天皇を含めて4人の男子があり、次男以下は会津松平子爵家、徳川侯爵家、高木子爵家から夫人を迎えている。一方、大正天皇に娘がいないが、明治天皇の娘4人はみな当時の皇族に嫁いでいる(早世した娘を除く)。

天皇家を含む皇族は、戦前、然るべく家系と婚姻することが決められていた。そのため、明治天皇の皇后は五摂家の一条家、大正天皇は同じく五摂家の九条家、昭和天皇は旧皇族の久邇宮くにのみや家から迎えた。

【図表】明治天皇から現在の天皇家までの系譜・婚姻関係
筆者作成