なぜ「敬宮」ではなく「愛子さま」と呼ぶのか

日本人男性は明治維新までミドルネームを持っており、ミドルネームで呼び合うことが一般的だった。古代中国の思想で、ファーストネーム(諱いみな)を呼ぶことが呪術の対象になるため、タブーとされていた。だから、幕末に死んだ坂本龍馬(諱は直柔なおなり)、高杉晋作(春風はるかぜ)、近藤勇(昌宜まさよし)、土方歳三(義豊よしとよ)、沖田総司(房良かねよし)はみんなミドルネームで呼ばれている。天皇家のお名前は、古いにしえの日本の風習を今に伝えているのだ。

現天皇は幼少時には「浩宮ひろのみやさま」、それから皇太子殿下。天皇陛下――とファーストネーム(徳仁なるひと)を呼ばれないようになっている。弟宮の文仁親王も幼少時には「礼宮あやのみやさま」、成人後に「秋篠宮さま」と呼ばれている。浩宮、礼宮は幼名のようなもので、礼宮が秋篠宮になるのは、竹千代(幼名)が三郎(通称名)になるようなものだ。

みんなすっかり忘れているが、愛子さまは「敬宮愛子」なので、「敬宮さま」と呼ぶのが正しい。平成の天皇の清子さやこ内親王は、「紀宮のりのみやさま」と呼ばれることのほうが多かった。

ただ、現在でも男性同士の友人では苗字で呼び合うのが比較的多いのに比べて、女性同士はファーストネームで呼ぶことが多いのではないか。そういった文化的な背景から「愛子さま」と呼ばれているのだろう。

「新年祝賀の儀」に臨まれる天皇、皇后両陛下の長女愛子さま、三笠宮家の長女彬子さま、次女瑶子さま、高円宮家の長女承子さま=2024年1月1日、宮殿・松の間
写真提供=共同通信社
「新年祝賀の儀」に臨まれる天皇、皇后両陛下の長女愛子さま、三笠宮家の長女彬子さま、次女瑶子さま、高円宮家の長女承子さま=2024年1月1日、宮殿・松の間

秋篠宮家のお子さまは御称号がない

現代的なアレンジでいうならば、三笠宮、秋篠宮というのは本来個人のミドルネーム、もしくは家号である。だから、たとえば、悠仁親王や眞子さま、佳子さまにも「○宮」という幼名を用意すべきなのだが、省略されている。これが、たとえば、江戸時代の有栖川宮家であれば、個人個人に「○宮」という幼名が与えられていた。戦後日本ではファーストネームで呼んでも、そんなに失礼には当たらないという解釈なのだろう。

また、「○○天皇」というのは諡おくりな(諡号)といって、法名みたいなものだ。昭和世代であれば、昭和天皇のファーストネームが裕仁ひろひとであることは周知の事実であろうが、平成世代には知らない方も多かろう。また、昭和世代であっても、大正天皇が嘉仁よしひと、明治天皇が睦仁むつひとであることはご存じないだろう。これもファーストネームで呼ばない知恵なのだ。