もうひとつ、話がつまらない場合。これはこれでいいじゃないですか。ちゃんと真面目に働いてるのに、ギャグが面白くない、話にオチがないという理由で疎外されるんだったら、それは周りが悪い。だってお父さん頑張ってるんだもん。それで十分です。

昔のことを思い出せば、お父さんって家でギャグ言わなかったでしょ。「つまらないからあなたはダメ」なんて言うカミサン、別れちゃえばいいんです。まあ、これじゃみもふたもないんだけど。

だから、こういう考え方をしたらどうでしょう。「つまらないというのは人間のひとつのタイプであって、ネガティブなことではないんだ」って。

自分に関して言えば、僕自身はつまらない人間なんです。これ本当に。他愛ない話をしても女の子がキャーキャー喜ぶような、普段から面白いヤツっていますよね。逆に単純に話芸として聞いたら、テンポもいい、間もいい、でもなんだか面白くない人もいる。

僕なんて、学生時代、特別面白いことを言えなかったですからね。あの頃に「KY」という言葉があったら、そう呼ばれているであろうタイプだった。でもそれはその人の持って生まれた性質なんだから、しょうがないと思わなきゃ。

無理に面白くしようとして悩んでるうち、それ以外に持ってる誠実な部分や気さくな部分が疎かになったら元も子もありません。それだったら、自分が退屈であることを受け入れてしまう。そうすれば、自分の中にある「面白い」以外の魅力が伸びるかもしれないじゃないですか。

それに話が面白い人ばっかりだったらね、落語家なんて商売、おまんまの食い上げですよ。僕らが路頭に迷わないためにも、みなさんはどうぞつまらないままでいてください。

落語家 
柳家喬太郎

1963年生まれ。書店勤務を経て、89年柳家さん喬へ入門、2000年真打に昇進。05年度芸術選奨文部科学大臣新人賞をはじめ、受賞多数。
(構成=鈴木 工 撮影=石橋素幸)
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