かつての異民族も今は漢民族
いま中国では、満州人やモンゴル人、チベット人、ウイグル人らに対して、民族という言葉を使わずに、「族群」(英語ではエスニック・グループ)という呼び方をします。
実は、中国では1990年代まで少数民族に対し、英語の「ネーション」を使って、モンゴルネーション、ウイグルネーション、チベットネーション……としていました。エスニック・グループはアメリカ的な概念なので、中国には馴染まないと考えていたのです。
それが、1990年代に、ネーションはまずいと気がついた。
マルクスやレーニン、スターリンの概念では、国民国家を形成できる権利や、独立の権利を持つ民族がネーションだからです。そこで急いで、中国政府はネーションをエスニック・グループに書き換えた。だから私はいまだにエスニック・グループではなく、モンゴルネーションと言い続けています。
言葉遊びのように感じる人もいるかもしれませんが、当事者として深刻です。
かつて中国では、モンゴル族や満州族などの北方民族を北疆、匈奴、突厥などと呼んでいました。漢民族ではない“異民族”の北疆はモンゴル帝国を築き、匈奴や突厥も王朝を打ち立てた。隋の建国者の楊氏も唐の建国者の李氏も、鮮卑族というモンゴル人の出身です。
チンギス・ハンは中華民族の英雄
歴史を学んだ日本人であれば、中国の歴史は、漢民族が一貫して支配し続けたのではなく、さまざまな民族が広大な国土にやってきては居つき、そして戦いに敗れまた新たな民族が国を築いたことを知っているはずです。
しかしながら、いまの中国政府からしてみれば、すべて漢民族が築いた「我が国」という位置づけに改竄しているのです。
中国では、モンゴル帝国ならびに元について、13世紀にモンゴル人が中国やユーラシアを征服して誕生した王朝だとは決して教えません。あくまでも中国の地方政権だと教えます。
だから、中国では、チンギス・ハンは中華民族の英雄であり、ユーラシア大陸全体で国土を開拓した中国人として教えられます。
――一般的な中国人は、チンギス・ハンが中華民族だったと本当に信じているのですか?
はい。それこそが、歴史の書き換えであり、中国政府の教育の賜なのでしょうね。中国国内の南モンゴルには、少数民族のモンゴル人たちがいる。モンゴル人は中華民族のサブグループだという意識になるので、教育によって「チンギス・ハン=中華民族の英雄」という共通認識になったのです。