社是は、米国勤務から帰国した翌78年、父が社長から会長になったときに制定した。社内から「吉本興業でもあるまいし」と反対する声も出たが、父は「人生80年のうち、最も可能性の高い40年を当てる仕事が、おもしろおかしくなくて何の人生か」と笑い飛ばす。要は「自分で考え、自分で決めて、自分で責任を取ってやれ」との趣旨だった。

ものを創り出していくには、趣味の世界と同様に、おもしろおかしくなければ続かない。父は自分で造り上げていくことが好きで、父子ともども他人の真似は大嫌い。だから、違和感は全くなかった。自ら志を立て、自らの責任でやり通すことは、心がけてきた道だった。社是は「Joy and Fun」と英訳されて、国内外の事務棟や工場、研究所に、あふれるように掲げてある。

「有志者事竟成也」(志有る者は、事竟成る)――何事も、やり遂げるという強い意思があれば、必ずや成すことができる、との意味だ。中国・元の時代に『史記』から『宋史』まで18の史書を教本としてまとめた『18史略』に収められている、後漢の始祖・光武帝の言葉だ。社是の精神を、文字通り体現してきた堀場流は、この教えと重なる。

子どものころ、よく父に連れられて、映画館で西部劇を観た。主役のジョン・ウェインのファンだった。入社して、南カリフォルニアのアーバインにできた合弁会社での勤務を希望したのも、そこに源流がある。アーバインから近いニューポートビーチという町に、ジョン・ウェインが晩年を過ごしていた。

滞米中にカリフォルニア大学アーバイン校の電気工学科で、修士課程を修了した。その間、学友に、パイロットの免許を取るように勧められる。教官が軽飛行機を貸してくれ、燃料費だけ払えば済むと聞いて、挑戦した。子どものころから、戦闘機のパイロットに憧れていた。

単独飛行が初めて許された日、3地点の上空を回る訓練があった。無事に終え、眼下をみると、厚い雲で遮られている。アーバイン空港の管制官が「旋回して着陸を待て」と指示してきた。やがて燃料が減り、別の空港へいくように言われた途端、雲に切れ間ができる。その先に、ディズニーランドがみえた。独断で切れ目を抜け、アーバイン空港へ強行着陸する。管制室は大騒ぎとなり、30分ほどしぼられた。「これは、新聞沙汰になるな。もう、免許はもらえないだろう」と思う。

だが、地元紙にも載らない。教官宅へ謝りにいくと、いきなり「おめでとう、お前も一人前のパイロットだ」と言ってくれた。「一人前」とは、この経験により、次からは飛ぶ前にきちんと天候を調べ、燃料も十分に積むようになるだろう、との意味だった。免許を受け取って、ハタと思う。「失敗から学べ」なのだ。