「原子力損害の賠償に関する法律」をまずは押さえる
福島第一原子力発電所事故(以下、原発事故)以降、がんになるリスクを心配している人は多いでしょう。今のところ、発がんの危険性はそれほど高くないというのが一般的な見解です。ただ、旧ソ連邦で過去に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故のデータの信頼性や、今回の原発事故から史上類を見ない大規模な海洋汚染が生じたことなどを考慮すると、将来、がんが増える可能性を完全に否定することはできません。
万が一放射能が原因でがんになってしまった場合、東電に損害賠償を請求できるのでしょうか。まず押さえておきたいのは「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)です。
原賠法は、原子力事業者の「無過失責任」と「責任の集中」を定めています。簡単にいうと、原発事故で損害が起きたら、故意か過失かにかかわらず、関係各者の責任も含めて原子力事業者がまとめて賠償責任を負うということです。また原賠法は、損害の原因が「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」だったときに原子力事業者に免責を与えていますが、政府は今回の震災は免責の対象外という判断を下し、東電もそれに従っています。法律上もそのように考えられます。つまり今回の原発事故で健康被害を受けたら、東電はその損害を賠償する責任があるのです。
問題は、がんを発症したときに、原発事故との因果関係を立証できるかどうか。被曝に関係なく、別の原因でもがんを発症する人は大勢いるため、今回の放射能によってがんになったという因果関係を裁判所に認めてもらうことは、かなり難しい。
ただ、「個別」ではなく「集団」としてみれば、因果関係が認められる可能性はあります。たとえば福島在住の人だけ他県に比べてがんの発生率が高かったり、福島の過去のがん発生率と比べて高くなっていれば、相当の因果関係の存在が疑われます。
では個別に因果関係は立証できないが、統計的に見て放射能の影響が疑われるときはどうするのか。参考になるのは、「原爆症認定の対応」です。2008年、広島や長崎に落とされた原爆に起因する原爆症患者について、国は一定の要件を満たした人について原爆症と認める審査方針を発表しました。今回の原発事故もこれに倣い、一定地域内に一定期間住んでいた人ががんを発症すれば、損害と認めて何らかの補償を行うことの可否について重要な参考事例になると思われます。