職場の定期健診。タダで健康管理ができてトクした気分になる人、あるいは仕事を中断し、衣服の着脱や食事制限などを強いられるのを煩わしく感じる人もいるだろう。

企業が労働者に年一度の健康診断を受けさせることは、労働安全衛生法66条などで定められている。そうして法律は快適な職場環境を確保し、経済活動を下支えしているのである。違反した企業は労働犯罪として処罰の対象(最高で50万円の罰金)になる可能性すらある。

診断を受ける側にとっては、無料であるため、その重要性が見落とされがちだが、ガンなど重大な病気の発見につながることもある。しかし、医療に関する裁判を多く手がけてきた大河内秀明弁護士は「特に大企業の定期健診を担当している医師の中には、診断が不十分な場合もある」と話す。

従業員が多い企業の健康診断では、担当医が一度に大量の診断を余儀なくされる。定期健診の対象となる従業員の頭数が増えるほど、担当医の実入りはよくなる。一方、従業員ひとりにかける時間や集中力が減殺され、問題ある症状を見落としかねない。ガンなどの早期発見を逸する危険も高まる。

殊に肺ガンの兆候を見極めるレントゲン読影では、病巣の影と、それ以外の影(鎖骨や昔かかった結核の痕など)との区別をしづらい場合があるという。

そこで、「その人の過去のレントゲン写真と見比べ、変化を読み取る『比較読影』が重要となる」(大河内弁護士)。にもかかわらず、一度撮影したレントゲン写真を倉庫へしまい込んだまま比較を怠る、おざなりな健康診断も横行している。

「法廷で医師が『レントゲン写真で肺の影を確認するのは、健診でやっていれば見落としがあって当たり前。あれは信用しすぎちゃいけないと、国民の意識のほうを変えなければならない』と開き直る証言をしたほど」(大河内弁護士)

では、医師は定期健診の診断結果に対してどの程度責任を負うのだろうか。仮に重大な病気を見落としても、タダなら文句は言いっこなしということなのだろうか。

大河内弁護士は、「ガンなどを含めて病気の兆候を見落とされた場合は医療ミスとして医師の責任を問うことができる」と話す。