日々、認知機能が低下していく老母を遠距離介護する40代の娘。徘徊で行方不明になったり、畑の木に自分のカバンをひっかけたままにしたり、深夜に知らない人格が突然現れたり。母親の不穏な症状に当惑しながらも、できるケアをしている。だが、母親と同居する父親はもともと心臓の持病があり、新たに大腸がんも発覚した――。(後編/全2回)
道に落ちた影がモンスターのように見える家族
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前編のあらすじ】中部地方在住の田村千鶴さん(仮名・40代)は、大学入学と同時に実家を出て他県で一人暮らしを始め、看護師として働き出す。20代半ばで結婚したものの、娘出産後に離婚。実家に戻らず、1人で娘を育てた。その後、しっかり者だった母親が貴重品の入った鞄を忘れるなど認知症を疑う事案が発生。衝動的に家を飛び出ることや、父親が不倫しているという「嫉妬妄想」が出るように。父親は精神的に疲弊していき、しばしば意識を消失。「睡眠時無呼吸症候群」と診断された後、不整脈の治療を開始することになり、その間、田村さんと姉、妹の3人で母親をケアしながら、デイサービスを探すことに――。

「妖怪ばぁば」現る

76歳から認知症の症状が出始めた母親を父親は懸命に介護していた。だが、老老介護の無理がたたり、しばしば意識消失するように。中部地方在住の田村千鶴さん(仮名・40代)たち姉妹は、以前より頻繁に実家に顔を出すようにしていた。

「2023年の夏が最も精神的に大変な時期でした。母は最低限の身の回りのことはできるため、尿便失禁や食事介助などの身体の直接介助は不要でしたが、不穏症状(認知症による周辺症状)により、家を出て数時間単位で帰って来ない、急に怒る、無視・不定愁訴、『妖怪ばぁば』などの症状が出ました。不穏の頓服薬は処方されても、症状が出ると飲ませることが難しく、落ち着くのを待つしかありませんでしたし、家を出た母を探しに行っても、追いかけると逃げてしまうため逆効果で、放っておくしかありませんでした……」

「妖怪ばぁば」とは、田村さんが名付けた母親に出現する5つの人格パターンの、最悪の人格だ。

「初めて『妖怪ばぁば』に会ったのは、2023年の夏の夜中です。帰省した私がトイレに行こうと思って電気をつけたら、母が上は肌着一枚、下はパンツ一枚で、なぜか腰は90度屈曲した状態で気配を殺して、脱衣所の壁にへばりついていました……」

母親のこんな姿を見たのは初めてだった田村さんは、一瞬「幽霊か? 妖怪か?」と自分の目を疑ったという。息もしていないのかと思うほど気配を殺していたため、咄嗟に

「お母さん⁈ わかる???」

と声をかけるが、反応がない。

「救急車を呼ばないと!」

半分本気で、半分は母親が何か反応してくれたらという期待を込めて叫ぶと、突然母親は、ものすごい剣幕で訳のわからないことを口走りながら怒鳴り散らし、そのままの格好で靴を履いて外に飛び出して行ってしまった。

「何度も経験してわかりましたが、こんな時は追いかけても絶対的に無駄で、むしろ逆効果でしかありません。格好は異常ですが放っておくしかなく、むしろ警察が保護してくれたらありがたいくらいです。滅多に人通りのない田舎の夜なので、たまたま母を見かけた人は怖いだろうなと思います」

その後も何度か田村さんは「妖怪ばぁば」に遭遇した。あるときは、田村さんが入浴中に突然電気を消され、真っ暗な中、浴室から出る羽目になった。またあるときは、寝ているときに布団を剥ぎ取られた。

田村さん曰く、「妖怪ばぁば」の時の母親は、田村さんを自分の娘だとわかっていないため、「他人が家の中にいる」と思い込み、追い出そうとして嫌がらせをしているらしい。田村さんが怒ったり騒いだりすると「妖怪ばぁば」の思うツボ。最悪の場合、外へ飛び出して行ってしまうので、田村さんは刺激しないようにひたすら耐えた。

「以前、母は2階の部屋で寝ていたため、不穏症状の時に階段から転落するんじゃないかと、帰省していない時も心配でした。この頃はまだデイサービスに行っていなかったため、母は常に家にいるか、家を出て身を隠しているような感じでしたが、食事も気分によって食べたり食べなかったり、入浴も拒否するなど、帰省の度に母の顔色を窺ってヒヤヒヤしていました」