現在40代の女性の母親は76歳で認知症の症状が出始めた。同じ食材ばかりをスーパーで買い、父親の浮気を強く疑った。実家で老老介護をする父親はしばしば意識消失するように。女性は車で3時間の実家へ定期的に向かい、きょうだいとともに介護を始めたが――。(前編/全2回)
屋外に座るシニア女性
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この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、主に未婚者や、配偶者と離婚や死別した人などが、兄弟姉妹がいるいないにかかわらず、介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

我が道を行く両親

中部地方在住の田村千鶴さん(仮名・40代)は、建設業の会社を経営する父親と、看護師の母親の間に双子姉妹の姉として生まれた。すでに5歳上に兄、3歳上に姉がいたが、大きなきょうだい喧嘩もなく、両親も含め穏やかな家族だった。

「父は自由奔放の変わり者で、私たち子どもを兄・姉チームと、私たち双子姉妹チームに分け、幼少期から海外旅行に行くのが趣味でした。私たち双子姉妹チームは、『国内の動物園よりアフリカだ』と言ってケニアに。『サクラダファミリアやピカソのゲルニカを見せてやる』と言ってスペインに連れて行ってもらいましたが、姉も私たち双子姉妹も飛行機が苦手。田舎に住んでいたので、普通に国内の動物園に行ってみたかったですし、時々ハンバーガーなどのファストフードを食べる生活を希望しましたが叶いませんでした。おまけに、旅行には母は行かなかったのもすごく嫌でした」

父親は子どもたちに愛情がないわけではなかったが、いささか独りよがりなところがあったようだ。クリスマスのサンタクロースへの手紙に、田村さんがテレビゲームやマンガなどの欲しいものを書いても、翌朝、枕元にそれがあったことは一度もなく、大きなぬいぐるみやオルゴールなど、全く望んでいないものばかりだったという。

母親は、人との交流より1人を好み、自分が嫌なことはしない性格のため、家族での旅行にも参加しなかった。

「家族全員揃っての旅行は、人生で1回あったかどうかくらいです。母方の祖母と同居しており、私たち子どもの世話は主に祖母がしていて、幼少期は買い物くらいしか母と出かけた記憶がありませんでした」