赤ちゃんにクラシックを聴かせると、頭がよくなるといわれることがある。これは本当なのか。解剖学者の養老孟司さんと作曲家の久石譲さんとの対談を収録した『脳は耳で感動する』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。
妊娠中の女性
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モーツァルト効果の眉唾

【久石】実は、バッハやモーツァルトというのは結果的にそういう音楽をつくっているんです。

【養老】そうそう、単に結果的にそうなっているだけなんだ。最近、「モーツァルトを聴くと頭がよくなる」とか言うでしょう? モーツァルトがそんなことを考えてつくっていたか、というんです。たまたまモーツァルトの音楽が持っている特徴のいくつかが、人間の脳にいい作用をもたらすらしい、というくらいのことしか言えるはずがないんです。

そもそも我々は、意識というものが何なのかもわかっていない。世の中の人はみんな、医学は自然科学だと信じているでしょう? 今の時代、かなりのことが科学的に判明していて説明できるようになったと思っていますけど、まったくそんなことはない。

たとえば、麻酔薬のような化学物質を人体に与えたら、なぜ意識がなくなるのか――。そんなことを説明できる医者はいません。もちろん麻酔薬の構造はよくわかっていますよ、ただし、それを投与したらなぜ意識がなくなるかという科学的な説明はできないんです。僕の後輩で中田くんという人が、意識の研究をやろうとした。学生の時に麻酔科の教授に「先生、麻酔をすると、どうして意識がなくなるんですか?」と訊いたら、教授が途端に機嫌が悪くなった、って(笑)。

「意識」の科学的な定義はない

【養老】意識というものの科学的な定義がない。方程式はそこにない。だから、人体にある化学物質を与えたら、なぜ意識が消えるかという説明なんかできるはずがないんです。

ではどうして麻酔薬を使っているのかというと、今まで使った患者は、この程度の量使ってちゃんと意識が戻ったから大丈夫だ、という経験的な事実だけです。「戻らない人がいたらどうするんですか?」と訊かれたら、「それは特異体質ですからどうしようもありません」と答えるしかないんです。

だけど、患者さんや家族はそうは思っていない。麻酔薬を投与するというのはきちんと科学的にコントロールされて、何か理屈にあったことをしているに違いないと思っているでしょう?

【久石】ええ、当然、根拠のあることを説明してもらえるものだと思っていますよね(笑)。

【養老】ウソっぱちなんですよ。

「モーツァルトは胎教にいい」とかいうのも同じこと。胎児はお腹の中で母親の音を聴いています。これははっきりと科学的に証明されています。だけどそれは胎児がモーツァルトを聴いているということではなくて、お母さんがそれを聴くことで何か落ちついた気持ちになれる、それがおそらく胎児にも反映される、ただそれだけのことです。