日本人にはどのような特性があるのか。解剖学者の養老孟司さんと作曲家の久石譲さんとの対談を収録した『脳は耳で感動する』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。
養老孟司さん
写真提供=共同通信社
養老孟司さん(2017年11月)

技術者がホンネを言いづらい環境になっている

【養老】日本人の変化としてもう一つ感じるのは、技術者がホンネを言いづらい環境になっているのではないかということですね。

それを感じたのは10年ほど前、横浜市に建設されたマンションを支える杭が、本来よりも短かかったために、固い地盤に届いていないことがわかったという報道があったんです。つまり耐震性が保証されていなかった。完成したのは2007年なんですが、施工業者は、杭が設計通りにちゃんと地盤に届いているかを確認する義務があるんですが、それをやっていなかった。原因は施工のときに、納期を急いだためだったという話になっていましたが、現場で仕事をする人の立場から考えると、確認作業などに時間がかかって納期がやや遅れぎみになるというのならば想像できるんですよ。ちゃんとやろうとすれば納期は間に合わない場合もありますからね。

【久石】納期を間に合わせるために無茶をやってしまったということですね。形だけを整えてしまうというか。

【養老】そこが問題なんですよ。そういう仕事をやってしまうとなると、もう終わりだなという気がしますよね。

【久石】何が変わったのでしょうか?

言葉が先か、実態が先か

【養老】納期とか人間の約束の方が重要になってしまったということですね。現場の職人の考えよりもね。

最近、ずっと言葉の問題を考えているんです。一言でいえば、「言葉が先か? 実態が先か?」ということ。日本人のいいところは実態を先に置いてきたこと、つまり実態を優先してきたということなんですね。マンションの例でいえば、現場、職人という実態を優先してきたんですね、これまでは。ところがここへ来て、「納期」「約束事」という言葉が人間よりも優先されてきている気がします。日本人がヘタに言葉を優先し始めると、とんでもないことをし始めるので危惧しているんですけどね。

戦争中でいえば、「一億玉砕」「本土決戦」みたいなことを言い始めるんですよ。そんなことは無理に決まっているし、言っている人も無理だということがわかっている。なのに突き進んでいく、というようなことになりかねない。

いま世界中がそうなってきているんですよね。だから本当は日本がブレーキになってなければいけないんだけど。

【久石】面白いですね。「実態が先だ」という態度が変化しているとなると、日本人の文化にもかなり影響を与えますね。