臨時営業だからこそのお客であふれた

仮宅になると妓楼が先を争ってよい物件を求めるため、いきおい借家の家賃も高騰した。

弘化2年(1845)12月5日、吉原は全焼して、浅草、本所、深川に250日間の仮宅が許された。

『藤岡屋日記』によると、このとき間口三間(約5.5メートル)、奥行七間(約13メートル)の店舗を角町の大黒屋が30日、四十三両の契約で借りた。また、間口三間半(約6.4メートル)、奥行十一間(約20メートル)の店舗を、角町の二葉屋が30日、四十五両の契約で借りたという。ともに法外な家賃である。