原価低減とはモノの値段を下げるだけではない

「こうした結果、スペースはかなり節約できました。ロボットの小型化と密集配置ができたことによって省エネルギー、省スペース、省資源は大きく進歩したと思います」

トヨタのカイゼンは車本体だけでなく、車を作るための生産設備それ自体でも行われている。

部品のコストを下げるだけではなく、作業時間を短くすれば製造費も人件費も下がる。原価低減とはモノの値段を下げることを指すわけではなく、システム全体のコストを低減させることでもある。学園の専門部を出た濱田たちスペシャリストがもっとも大きくかかわっているのはこの部分である。

生産ラインのタクトタイムを10秒縮めたことはマスメディアがほめそやす偉業ではない。しかし、トヨタの社内では偉業だ。豊田章男、河合満が現場からリスペクトされているのはこうしたところをちゃんと見ているからだ。彼らは新車開発者や販売実績のある人間だけをほめるのではなく、濱田のような目に見えにくい業績を上げた人間を見て、そして、称賛する。

ランドクルーザー250の車内
画像提供=トヨタ自動車
ランドクルーザー250の車内。新型車の生産現場では、大型ロボットが入っていた生産ラインに小型ロボットを多数配置した。こうすることでタクトタイムを縮めることに成功したという

豊田、河合、技術担当役員は全員、作業服を着て働いている。時間ができると工場に行ってラインを見る。作業者とざっくばらんに話をする。問題点を聞く。解決のアドバイスをする。車づくりの全体環境と作業者を見ている。

命を守る「足回りの溶接」の大切さ

他の自動車会社との違いはここにある。わたしは豊田章男と10年間に十数回、会って話をしているけれど、社長室に入ったのは一度だけだ。あとは工場、サーキット、販売店、販売イベントである。幹部がいつもスーツを着ていて、本社から離れない自動車会社と幹部が作業着を着て現場にいる自動車会社のモノづくりはあきらかに違う。

さて、濱田たちのような生産ラインの設備調整の仕事は日本だけではない。海外の工場にも出張することがある。海外の生産拠点でも濱田のような仕事をしている人間がいる。

「溶接の職場は縁の下の力持ちです。自動車の強度を守って、しかも生産性を上げようとしているセクションです。足回りの溶接は本当に命を守る、タイヤに直結する部品でもあります。そして、北米、中国でも同じ仕事をやっている人間がいるのですが、出入りが激しいのでなかなか育ちにくい。

保全の仕事は、様々な技能が身につくためにキャリアになるのと、育成に時間がかかるので、経験を積んだら転職する人が多いそうです。ですから、海外拠点には国内から人を送っていることが多いです。学園の出身で海外へ派遣されるのが多いのもそういう事情があるからではないでしょうか」