「母が認知症になって成年後見人がついたら母の預貯金は使えない」

その後、雅彦さんは自宅で静かに休んでいましたが、仕事に復帰することを考えるだけで不安が大きくなる、落ち着きがなくなる、体が震える、涙が出てくるといった状態になり、復職は不可能と判断。そのまま退職することにしました。

退職後は実家に戻り、両親と一緒に住むことになりました。両親は雅彦さんの状態に理解を示していたため、実家で静かに過ごす雅彦さんに対して口うるさく言うことはなかったそうです。

実家で養生していてもなかなか仕事に復帰できなかった雅彦さんは、医師の勧めで障害年金の手続きをしました。その結果、障害厚生年金の3級を受給することができました。

障害厚生年金の3級は月額換算で約5万円。年金収入があるのはありがたいのですが、月5万円では心もとないと思った雅彦さんは再就職をすることも考えました。

しかし、いざ再就職に向けて具体的な行動を起こすようになると、動悸が起こる、不安で眠れなくなる、食欲が落ちる、何をしても楽しくない、当時の職場での嫌な思い出がフラッシュバックしてしまい体が震えるといった状態に陥ってしまうのでした。

そのような状態が改善されないため、雅彦さんはいつしか仕事をすることを諦めてしまいました。その後、外出する頻度もめっきり減り、ひきこもりのような生活を20年以上も続けてきたそうです。

そこまで話が進んだところで、雅彦さんはお金の不安を語り出しました。

「将来、母が高齢者施設に入居したとします。すると母の年金のほとんどは施設利用料などに充てることになると思います。自分の収入は障害厚生年金だけなので月に約5万円。これだけではとても自分自身の生活費はまかなえません。仮に一人になった後の生活費を月10万円だとすると、月の赤字額は約5万円。1年間で約60万円になります。自分の預貯金は500万円くらいですから、それを取り崩すといっても8年くらいしか持ちません」

「そうなると、お母様の預貯金(3600万円)を雅彦さんの生活費に充てることになるでしょう。場合によっては、ご自宅を売却して住み替えることも検討しなければならないかもしれません」

この筆者の発言に対し、雅彦さんは鋭い視線を向けてきました。

「もし母が認知症になって成年後見人がついたら、母名義の預貯金は自分(雅彦さん)の生活費に充てることはできなくなりますよね? また、万が一、障害厚生年金の更新がうまくいかずに支給停止されてしまったら自分は無収入になってしまうので、預貯金はあっという間になくなってしまいます。『考えすぎ』と言われてしまえばそれまでなのですが、どうしてもそのようなことが頭から離れず、不安でいっぱいになってしまうのです。欲を言えば自宅は売却せずにそのまま住み続けたいと思っています。そのような不安を解消するための対策を早めに実行し、少しでも安心したいのです」

雅彦さんは切実な表情でそう訴えました。横にいる母親も心配そうに雅彦さんを見つめています。

「なるほど……。事情はよく分かりました」