いま職場のなかでもメンタルの不調を訴える人が増えている。こうしたなか、精神医学の世界で注目されているのが、精神と食事との関係を研究する精神栄養学だ。その最先端の研究成果の数々を紹介していく。

近年、うつ病を食事で治す、といった内容の一般書籍がよく売れている。

「医食同源」や「病は気から」などの“常識”に鑑みるならば、食と気(心・精神)が結びついていても特段おかしなことではない。むしろ、これまで食の観点からメンタルヘルスが語られなかったことに、「そういえばなぜ?」と首を傾げるくらいだ。

しかし、この類の本を実際に読んでみると、正直、ついていけない部分もある。メンタルヘルスにとって栄養がいかに重要かを平易に説明してくれるのはいいのだが、特定の食品や食事法の是非を断定していたり、結局は高価なサプリメントの服用が必要だったり、お勧めの療法をまるごと「信じる」のには抵抗を覚える。

それでも、この超ストレス社会――。いつ、誰が、うつ病をはじめとする精神疾患にかかってもおかしくない。加えて、向精神薬の副作用についても、いろいろと聞かされるようになった。罹患しても薬漬けにはなりたくない。食事で心の病が予防・治療できるなら、ぜひ知識を仕入れておきたい。そう思うのは自然なことである。

そこで、このメンタルヘルスの新ジャンルを、より科学的、本格的に切り拓き始めている研究者に話を伺った。東京都小平市にある国立精神・神経医療研究センター神経研究所の功刀(くぬぎ)浩・疾病研究第三部長。功刀部長は新聞やテレビにも登場することのある「精神栄養学」の開拓者だが、食事療法に注目したのはまだ最近で、2010年のことだという。

「脳由来神経栄養因子、つまり脳の神経細胞にとっての栄養に関して講演依頼を受けたんです。そのとき、精神疾患と食事の関連について調べてみた。そうしたら関連性を見出した先行研究が欧米にたくさんあり、これは大事だと気づかされたのです。それまでの僕は普通の精神科医でしたから、栄養学の観点から精神疾患を考えることはあまりありませんでした。いまはしゃかりきになって研究しています」

日本の精神医学は欧米のそれに比べて10年は遅れている、とも指摘される。精神栄養学についてもそうで、日本での研究が始まったのは、ほんの数年前から。対して欧米諸国では、10年ほど前から食生活と精神疾患の関連を示すエビデンスが急増している。そして、臨床の場で食事療法が指導されることも珍しくなくなってきている。