自分のための恋愛
次は恋愛です。男性向け「年代本」では特に20代論に特化して登場するテーマですが、女性向け「年齢本」では、20代から40代までつねに登場する定番テーマとなっています。恋愛論についても、「自分らしさ」を重視する原理は貫徹されていますが、その議論はまず次のような「悪い例」の提示から始まります。
「28歳の女性にとって、いい恋愛や、いい結婚を最も邪魔してしまうもの。それは『固定観念』だと思います。つまり、“幸せな恋愛とはこういうもの”という枠組みを自分でつくりあげ、そんな居場所の中に自分も男性も全部、押し込めてしまおうとする。結果、自分もハッピーになれないし、男性のほうも逃げ出してしまうのです」(高梨、76p)
「相手の好みに合わせて自分を変える恋愛駆け引きは、あなた自身から“あなたらしさ”をどんどん奪ってしまいます。もし“本当のあなた”のまま相手に飛び込んで、相手がそれを受けとめてくれなかったとしたら、その人とは縁がなかったということ。そういう場合は、“本当のあなた”を受け入れてくれるパートナーを探せばいいだけの話です」(小倉・神宮寺、19p)
世に流通している恋愛観ではなく、自分自身の恋愛観を持つこと。相手に合わせるのではなく、「本当のあなた」、素直な、いわばありのままの自分を受け止めてくれるパートナーを探すことがあるべき恋愛だということ。「恋愛は、“自分のため”になっているだろうか?」(高梨、32p)というように、恋愛は「自分らしさ」を大事にするところから始めるべきだというわけです。
「自分らしさ」の問題として恋愛を位置づけるとき、次のような、自己責任や自己受容の観点から恋愛・結婚を考えようとする言及もワンセットで登場することになります。
「(結婚について深刻に考え、焦っている人がいるとしたら:引用者注)まあ、焦らないでください。そんな人は、こう思ってください。結婚していないのも、まだ彼氏がいないのも、自分で選んだ結果なんだ――。(中略)それなら思いっ切り、過去のことを後悔してみてもいいではありませんか。『自分がそれを選んだ』って、厳しいことでも受けてしまう。そして、いまある自分をきちんと認めてあげればいいのです」(高梨、100p)
「自分をモテないと思っている人は、人から好かれる前に、まず自分から人を好きになっていますか? そもそも、自分自身のことを大切にしていますか? 自分を大切にできない人は、卑屈でいじけた気持ちを抱えていることが多いのです。そして、そのマイナスの感情は、本来その人がもっているはずのたくさんの魅力を奪ってしまいます」(小倉・神宮寺、20p)
さて、ここまでは各著作における共通点を見てきましたが、ある点において、著作間に大きな相違を見ることができます。それは以下のような言及に表われています。
「私たちは、不倫もただの恋愛のひとつ、と考えています。(中略)もちろん、それを選んだことによってもたらされる恋愛中の苦しみは、計り知れないものがあります。それでも覚悟を決めて不倫の恋を選ぶなら、ルールを守って楽しむべきだと私たちは考えます」(小倉・神宮寺、23p)
「どんな人にも、この世でたったひとりだけの『運命の人』との出会いは用意されています。(中略)恋愛に常に真摯な態度で臨む人は、やがて付き合う相手の格が上がり、最終的には素晴らしい人とめぐり合うことになります。それまでの経験は、素晴らしい彼にめぐり合うための恋愛レッスンなのです」(浅野、95-96p)
「誰かを好きになって、その気持ちを打ち明ける。そのこと自体が素晴らしいのです。人を好きになると、ホルモンも活性化されます。恋する気持ちは、あなたが美しくなるためのビタミン剤、心にハリを持たせる美容液なのです」(浅野、99p)
浅野さんの著作では「恋愛とは本来、純粋なものです」(93p)という観点から、「たったひとりだけの『運命の人』」にめぐり合うことが夢に抱かれ、また人を好きになること自体の素晴らしさが説かれています。浅野さんの40代論ではこうした立場から、「いかなる理由があろうとも、不倫をやめなければ『幸せ』とは一生無縁になります」「どんなに幸せそうに振る舞っていても不倫をしている女性の瞳は、どこか悲しみを秘めています」(浅野裕子『40歳からの「迷わない」生き方』102-103p)として不倫が戒められています。
一方、小倉さんらの著作では、相手の家庭を侵さない、長く続けてはいけない、結婚を考えないというルールが守れる限りで、「それでしか享受できない」ものを手に入れるものとしての不倫が認められています(24-25p)。
ここで私が述べたいのは不倫の是非そのものではなく、不倫を前向きに捉える人にも、否定的に捉える人にも、双方に手が差し伸べられているという点です。私はこれらを見て、「年代本」の回で用いた「存在証明のツールとしての自己啓発書」という言葉を再び思い浮かべていました。つまり、女性向け「年齢本」とは、どのような恋愛(だけでなく仕事や結婚などに関する)状況に置かれている人に対しても、「自分らしさ」という原理――すべては「心」の問題であり、自らを受け入れ、責任をもつことさえできれば、幸せになることができる――のもとに、個々人の多様なあり方を肯定する存在証明ツールなのではないか、と。
さて、次回は30代論の分析に移りたいと思います。
『28歳から「あなたの居場所」が見つかる本』
高梨美雨/ソシム/2007年
『20歳を過ぎたら、ブスはあなたのせい』
三浦天紗子/インフォバーン/2005年