外見も「心」の問題

男性向け「年代本」ではあまり重点的に扱われることのない、女性向け「年齢本」特有のトピックがファッション、メイク、美容です。これらもまた、「自分らしさ」の原理にしたがって論じられるのですが、その前提にあるのは、女性は美しくあるべきだ、ファッションに気を使って当然だ、女性らしい服装をするのは当然だという価値観です。これはたとえば以下のような言及で示されています。

「あなたが女性で、『キレイになりたい』『美人と言われたい』という欲望を持っていないとしたら。はっきり言いましょう、あなたは幸せをほとんど捨てている人です。(中略) 女性として生まれたからには、キレイになることは使命だとさえ(著者の三浦さんは:引用者注)思っています。特権といってもいいでしょう。女性だから、正面切ってキレイになるために努力する姿も、健気で可愛いものだと思ってもらえるんですよね」(三浦、8-9p)

「人生いかに生きるかという命題の答えは、男性なら仕事やサクセス、生きる姿勢というかたちで表すこともできるだろうが、女性にとってはそれらにまして『幸福』という価値が大きい。そして女性がいま幸福かどうかは、女性の美しさにはっきり現れてしまう」(三浦、26p)

「どんな状況でも、女性が人に会うときは、それなりの気づかいが必要だと思うのです。もちろん男性でもそうなのですが、女性の場合は服装のバリエーションが広いし、しかも相手が男性だろうが女性だろうが、男性以上に、よく外見で見られます。とくに28歳を過ぎて、仕事でもある程度期待されるようになれば、なおさらです」(高梨、141p)

拙著『自己啓発の時代』では、自己啓発を扱うメディアには「基底的参照項」があると指摘しました。つまり、各メディアでは「本当の自分を探そう!」と自己分析が促される一方で、女性向けメディアなら「女性なら当然恋愛がしたいよね!」という文脈から、男性向けなら「男性なら当然仕事に向かって頑張るよね!」という文脈からはみ出た自己分析は許されないというようなことです。「年齢本」も同様で、女性なら当然恋愛に、ファッションに、美容に積極的であるべきという前提が踏まえられたうえで、「自分らしさ」を見つけ出していくことが説かれています。

ところで、「キレイ」や「美しさ」は単に外見の問題だと思われるでしょうか。「年齢本」によればこのような考えは間違いです。この点に関して、タイトルが非常に印象的な三浦天紗子さんの『20歳を過ぎたらブスはあなたのせい』では、端的に以下のように述べられています。

「人は『ブスに生まれる』のではありません。『ブスになる』のです。そして、ブスになるには必ず理由があります」(8p)

「美しさに関してはかなりの誤解が蔓延していることも事実。その元凶ともいえるのが、『キレイを左右しているのは生まれつきの美醜』だという思い込みです」(9p)

「おそらく、そうした超絶美人の比率は1%(いや、もっと少ないかも)。逆に、この顔では人生どうにもならないという超アグリーもせいぜい1%(憶測ですけどね)。そのほかの98%は、美人とブスのはざまにいます。いわば『ちょいブス』。でも少し手をぬけば美人とブスのグラデーションは、たちまちブス色濃厚に染まっていくのです」(10-11p)

「私は、美人の三原則とは『顔』『スタイル』『若さ』ではなく、『フェロモン』『センス』『知性』だと思っています。前者はいずれ衰えるもの、後者は成熟によって磨かれるものです」(11p)

美しさや美人であることは生まれつきの問題ではなく、また単純な外見の問題でもなく、自らを磨いていくその態度によって磨かれていくものだというのです。顔やスタイルを、「フェロモン」「センス」「知性」へと変換するアイデアは非常に卓抜だと私は考えます。というのは、この変換によって、つかみどころのない達成目標に向けて著者が読者をいつまでも啓発できるという「無限ループ」が設定可能になるからです。

美しさは自らの意識次第で向上していくことができる――。このような態度は他の著作ではもう少し控え目なかたちになりますが、やはり同様に言及されています。たとえば、ファッションセンスは生まれもってのものではなく、自分自身を見つめ、意識を高めていくことで磨くことができるのだ、と。

「ファッションによって、自分の印象が左右されるというのは、よくするのも悪くするのも自分次第ということです。だからこそ、もっと自分が快適になるように、ファッションに対する意識を持つことが重要なのです」(高梨、141p)

「どうすれば自分のおしゃれが見つかるのでしょうか。自分のおしゃれを見つけるには、一度すべてを捨てることです。持っているものを捨てるのではなく、自分の固定観念やまわりからの余計な情報を捨てるということです。ファッションも自分自身を見つめることからスタートさせるのです」(浅野、133p)

メイクも同様で、「客観的に自分の顔を見て、“いいところ”と“悪いところ”を見分け」、そのうえで「自分に合うメイク」をしていくことが促されます(高梨、158-159pなど)。こうして、美しさという一見して外見の問題と考えてしまうトピックは、日々の意識や努力や考え方の問題、つまり「心」の問題とされるわけです。