野球少年に見習ってほしい大谷の打撃練習

星川は飛距離もさることながら、大谷が打撃でもデータによるファクトチェックをしたことに驚いた。

大谷の打撃練習中、星川は、隣にいた大谷の通訳(当時)の水原一平に打球速度を1球1球伝えた。一つのセッションが終わったら、大谷と水原は“何球目、何キロだった?”などとチェックをしていた。バンテリンドームでの打撃練習は、日本の選手やスタッフには衝撃的なインパクトだったが、大谷は数字を聞いても“ふーん”みたいな表情を浮かべた。彼には何でもないことだったのだ。

星川が一番感じたのは大谷が“バットを振り切っていた”ということだ。

大谷の前に中日ドラゴンズの選手と侍ジャパンの他の選手が打撃練習をした。テストも兼ねて中日の選手も、侍ジャパンの他の選手も全部データを取った。大谷はカージナルスのラーズ・ヌートバーとともに最後にケージに入ったが、すべての選手の中で、大谷は誰よりもバットを思い切り振り切っていた。

これは、やはり普段からの積み重ねなのだろう。振り切るような打撃練習をやらないと強くならない。バッターの基本ではあるが……。このスイングこそが打者大谷翔平の原点であり、大谷のプレーに注目している中学生や高校生に見習ってほしいことでもある。

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写真=共同通信社
WBC壮行試合の前に打撃練習する大谷翔平。後列左から2人目が星川太輔氏=2023年3月、バンテリンドーム

三冠王・村上宗隆が受けた衝撃

大谷の打撃を目の当たりにした日本の強打者たちは、あまりの凄さに自信を喪失した。中日の選手たちも“すげー”と声をあげていたが、一緒に戦うチームメイトは、ちょっと声をかけられない感じになった。

ケージのま後ろで見ていた村上宗隆は凄いショックを受けていたようだった。また、ヤクルトの山田哲人の表情にも笑顔は見られなかった。

村上は、大谷の打撃練習の最中に星川に打球速度について聞いてきた。村上自身も、宮崎キャンプで計測した自分の数値を知っている。星川が答えた大谷の数字は、それを大きく上回っていた。村上はさらにショックを受けたようだった。

しかし、そのとき星川は、同時に、村上が本気でメジャーでトップの選手になることを目指しているのだろうとも思った。確かにショックを受けてはいたが、打撃ケージの裏やベンチ裏で話したときの村上のあの表情は“決意を新たにした”顔だと思えた。

星川はしみじみと語る。

「大谷選手のあの打撃練習を目の前で見て、大変おこがましいですが僕も大きなショックを受けました。28歳であんなにすごいことをする人がいる。47歳の僕は一体今まで何をしていたんだ、本当に全力で努力してきたのかと。『俺は今まで何やってきたんだろう』と自分の不甲斐なさにホテルに帰る道すがら涙が出てきました。本当にいい経験をさせていただきました」