汚物・ゴキブリ・散乱する生ゴミ

話を戻します。

彼が入居する公営住宅に向かい呼び鈴を鳴らすと「入っていいよ」と、ドア越しに声が聞こえました。お邪魔します、と言ってドアノブをひねると、なにやら乾いて固形物となった茶色のものが付着していました。その感触は今も手に残ります。ドアを開けると、そこはこれまでに見たこともないような光景が広がっていました。

ドアを開ける手元
写真=iStock.com/Wachiwit
※写真はイメージです

どこが玄関と部屋の境目なのかがわかりません。というのも、彼は室内でも土足だったからです。床は黒く汚れ、ベタついています。視線を落とすと、数匹の蟻たちがいます。長期間に及んだ入院生活の結果、靴を脱ぎ履きするという習慣すらも知らないか、あるいは忘れてしまったかのようです。

私は履いている靴に専用のカバーをつけて部屋へと上がらせてもらいました。

玄関付近には、物こそ多くはないものの、鼻を突くえた臭いが感じられます。

玄関ノブにこびりついていたのは「乾いたウンチ」

奥へと進むと、今度は小火ぼやでも起きたのかと見紛みまがうほどに視界がけむっています。部屋中の壁が黄色く変色し、ベランダにつながる掃き出し窓にはカーテンがかかっておらず、しかしそれは不要なほどに窓が黄ばんで変色し遮光しています。これらはすべて、喫煙によるヤニ汚れでした。

そして居室には、吸い殻が入っている灰皿代わりの空き缶が大量に散乱し、お惣菜の容器がうずたかく乱雑に置かれています。よくバナナを食すのでしょうか、食べないままのバナナ一房が腐ったまま床にじか置きされています。

土足で生活しているせいか、畳はすっかり擦り切れ、ところどころ腐敗しているようです。雨の日も、濡れた靴のまま上り込んでいたようです。その上に彼はあぐらをかいて座り、ニコニコしています。トイレが間に合わないことでもあったのか、便で汚れたままの下着が放置されている横で――。

「それ、どうしたんですか?」
「どうもしてないよ」

その汚れた下着に対しての私の質問に、斎藤さんは答えます。

後でわかったのですが、私がドアノブで触れたものは彼の乾いた便でした。指先かどこかに付着していて、そのままドアノブを握っていたのでしょう。

トイレを確認すると、なぜか便座が破損しており、そしてトイレットペーパーはありません。細かな描写は控えますが、ひどい汚れ方です。

「トイレの時に紙は使わないんですか?」
「使わない」

彼は答えましたが、おそらくはトイレットペーパーをどこで購入するのかもわからないのかもしれません。毎月、福祉課から手渡しされる生活費も、すぐに食べ物へと消えてしまっているのでしょう。