汚物・ゴキブリ・散乱する生ゴミ
話を戻します。
彼が入居する公営住宅に向かい呼び鈴を鳴らすと「入っていいよ」と、ドア越しに声が聞こえました。お邪魔します、と言ってドアノブをひねると、なにやら乾いて固形物となった茶色のものが付着していました。その感触は今も手に残ります。ドアを開けると、そこはこれまでに見たこともないような光景が広がっていました。
どこが玄関と部屋の境目なのかがわかりません。というのも、彼は室内でも土足だったからです。床は黒く汚れ、ベタついています。視線を落とすと、数匹の蟻たちがいます。長期間に及んだ入院生活の結果、靴を脱ぎ履きするという習慣すらも知らないか、あるいは忘れてしまったかのようです。
私は履いている靴に専用のカバーをつけて部屋へと上がらせてもらいました。
玄関付近には、物こそ多くはないものの、鼻を突く饐えた臭いが感じられます。
玄関ノブにこびりついていたのは「乾いたウンチ」
奥へと進むと、今度は小火でも起きたのかと見紛うほどに視界が煙っています。部屋中の壁が黄色く変色し、ベランダにつながる掃き出し窓にはカーテンがかかっておらず、しかしそれは不要なほどに窓が黄ばんで変色し遮光しています。これらはすべて、喫煙によるヤニ汚れでした。
そして居室には、吸い殻が入っている灰皿代わりの空き缶が大量に散乱し、お惣菜の容器が堆く乱雑に置かれています。よくバナナを食すのでしょうか、食べないままのバナナ一房が腐ったまま床に直置きされています。
土足で生活しているせいか、畳はすっかり擦り切れ、ところどころ腐敗しているようです。雨の日も、濡れた靴のまま上り込んでいたようです。その上に彼はあぐらをかいて座り、ニコニコしています。トイレが間に合わないことでもあったのか、便で汚れたままの下着が放置されている横で――。
「それ、どうしたんですか?」
「どうもしてないよ」
その汚れた下着に対しての私の質問に、斎藤さんは答えます。
後でわかったのですが、私がドアノブで触れたものは彼の乾いた便でした。指先かどこかに付着していて、そのままドアノブを握っていたのでしょう。
トイレを確認すると、なぜか便座が破損しており、そしてトイレットペーパーはありません。細かな描写は控えますが、ひどい汚れ方です。
「トイレの時に紙は使わないんですか?」
「使わない」
彼は答えましたが、おそらくはトイレットペーパーをどこで購入するのかもわからないのかもしれません。毎月、福祉課から手渡しされる生活費も、すぐに食べ物へと消えてしまっているのでしょう。