メディア環境論が前面に
佐々木さんの著作に示されたこのような新しいセルフブランディング観は、2010年代における他の著作でもほぼ同様に見られるものでした。以下では端的な事例として、フリーランスライター兼コンビニアドバイザー・倉下忠憲さんの『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』と、ITジャーナリスト・大元隆志さんの『ソーシャルメディア実践の書――Facebook・Twitterによるパーソナルブランディング』を主な素材としたいと思います。整理の基準としては前回までの議論における枠組、つまりTOPIC-1で示したブランディングが必要な背景論、TOPIC-2で示したブランド論の3要素「ブランド確立」「ニーズ照合」「スタイル設定」を用いることにします。
まず背景論です。倉下さんは「会社に頼れない時代になった、働き口が見つからない、地域社会のつながりが失われた、など、さまざまな日本の暗い面が指摘されています」として、これまでの著作に近しい、マクロな社会経済的変化についてまず言及します。しかしその直後、「現代の日本社会はこのように暗い面ばかりではありません。(中略)変化は確実に起きています。その変化の引き金を引いているのが、ソーシャルメディアの存在です」とも述べます。「ソーシャルメディアを活用して、仕事の幅を広げたり、新しい働き方を生み出したり、それまでは生まれなかったつながりを作り出している方が多数います」というのです(14p)。
議論はこう続きます。「ソーシャル時代は今までの時代とは違った特徴を持っていて、そこでは新しい生き方が生まれつつある、ということです。ソーシャルメディアを活用する人と、そうでない人は全然別の世界に生きているといっても過言ではない時代がやって来ようとしています」(40-41p)。つまり、ソーシャルメディアをうまく活用できるかが、この「暗い」社会状況を生き抜くにあたっての分け目になるというのです。
そのために重要なのが、「ソーシャルメディア上で自分の『ブランド』を作ること」です。これができれば、「自分の価値を最大限発揮させることができ」るというわけです(42-43p)。倉下さんは端的に、「ソーシャルメディアの中で認知されるための行為」をセルフブランディングと呼んでいます(44p)。
次に大元さんは、ブランディング論自体がソーシャルメディアの登場で大きく変わりつつあることを述べています。たとえば以下の通りです。
「パーソナルブランディングや個人のセルフブランディングについて書かれた本は、これまでもありました。しかし、フェイスブックやツイッターの急速な普及に伴い、ブランディングの考え方も大きく変わりつつあると私は考えています」(3-4p)。
「個人の認知度向上のコストを大幅に引き下げるソーシャルメディアの社会的普及が、パーソナル・ブランディングそのものの重要性を押し上げ、その在り方を変えると目されています。ブランディングの具体的手法はメディアに大きく依存し、新たなメディアの登場は、ときにブランディングの戦略・戦術を塗り替えます」(88p)
ではどのように変化するのでしょうか。大元さんはこう述べます。「ソーシャルメディアが急速に台頭してきた今日、人と人とのコミュニケーションは実際に会う前に発生する」ため、「皆さんの第一印象を決定づけるのは『生身のあなたの見た目』ではなく、オンライン上でのあなたの言動や活動」となる。「そうした時代にあって重視すべきことは、もはや第一印象などではありません。『あなた自身の魅力』を向上させることです」。そのために、インターネット上での自己表出をコントロールするのだ、それがブランディングなのだ、と(5-6p)。
整理します。倉下さんも大元さんも、メディア環境の変化をブランディングが必要な背景として重視し、そのような状況を生き抜いていくために、ソーシャルメディアの活用としてのセルフ(パーソナル)ブランディングを説いています。社会経済的背景はまったく論じられなくなったわけではありませんが、メディア環境の変化についての議論、特にソーシャルメディアの登場による状況の変化がより前面に出て来ているのです。