TOPIC-3 セルフブランディングの意味変化

TOPIC-1(http://president.jp/articles/-/8296)でセルフブランディングという言葉を掲げたものの、これまでの分析パートでは一度もその言葉を使ってきませんでした。それは、2009年までの対象書籍でその言葉をタイトルに掲げている書籍は実は一作もなかったためです。杉山勝行さんの『10人の達人に学ぶ セルフブランドの創り方』のなかで「セルフブランディング」という言葉が少し登場する程度で、他の著作では「パーソナルブランディング」や「自分ブランド」という言葉が主に用いられていました。

2010年の1月、国内で初めてセルフブランディングという言葉をサブタイトルに置く著作が登場します。ジャーナリスト・佐々木俊尚さんの『ネットがあれば履歴書はいらない――ウェブ時代のセルフブランディング術』です。この著書の刊行あたりから、自分をブランドとみなす考えを表す際にセルフブランディングという言葉が多く用いられるようになり、またそれに伴って、ブランド論の意味内容も変化することになります。

今週考えてみたいのはこの意味内容の変化について、つまり「自己啓発に関する言論はどのような原因によって変容するのか」ということです。第2テーマ「心」において私は、東日本大震災が自己啓発についての言論にもたらす影響を考えようとしました。そこでの結論は、震災は自己啓発についての新たな言論を創り出したというよりは、既にあった言論をさらに普及拡大させるように影響した、というものでした。

しかし今回扱うブランド論については、2010年以後、ブランド概念そのものが塗り替えられるような、言論の大きな変容が観察できます。ではそのような塗り替えはいかにして起こったのでしょうか。今回は3冊の書籍を、それぞれ紙幅を少し多めに取りながら見ていくことで、その塗り替えのプロセスを追跡したいと思います。

では佐々木さんの著作の内容を見ていきましょう。佐々木さんはまずソーシャルメディアの台頭について述べ、それによって「インターネットは新たな人々と出会ったり、自らをプロデュースする空間へと移行してきているのだ」(9p)と述べます。次に、このような移行が起こっている現在、「メディアや企業が不景気の真っただなかで生き残っていくために、インターネットを駆使することで有能な人材を探し始めている」(10p)とも述べます。

そこで佐々木さんは、「だったらこの状況をうまく利用して、ネットで自分をブランディング(自分の価値を広めること)してしまおうじゃないか」(10p)、このブランディングの方法を知ると知らないとでは「自分の仕事のキャリア形成には天と地ほども変わってくる」(11p)としてセルフブランディングを推奨しています。

前回紹介した遠山善英さんの『できる人は「自己ブランド」を持っている!』は2006年の著作でしたが、同書におけるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービスもしくはサイト)への言及は「このようなSNSを通して交流や人脈を広めていくのは現代のネット社会においては時流に乗っているのではないでしょうか」(172p)という程度のもので、割かれる紙幅も2頁に留まっていました。 これに対して佐々木さんの著作では、これまで意外にも、簡単に言及される程度に過ぎなかったインターネット、特にソーシャルメディアの活用の重要性が、より大々的に論じられているのです。

佐々木さんの著作でも、それ以前と同様に「日本の社会構造が変わってきたこと」(17p)について指摘が行われてはいます。山一証券廃業に象徴される大企業神話の崩壊、経済のグローバル化の進展、雇用法制の改正による派遣社員の増加、リーマン・ショック、等々。これらを概観したうえで、終身雇用はもはや崩壊し、いまや「自分にできることや、いままで行ってきた実績などを看板に掲げ、個人の名前で仕事をする方向に進みつつある」(18p)と述べています。

しかし、先にも触れた通り、こうした議論の前にまずメディア環境の変化が論じられていました。そして、社会経済的状況の変化を踏まえて、こうした状況において自らの才覚で生きていこうとするならば、その自己アピールのための「最も効率が良い」方法は「インターネットによるセルフブランディング」であるとして、やはりメディアの活用が前面に論じられているのです(31p)。

ブランディングが必要な背景論のみならず、ブランディングの内実についても、佐々木さんの著作はこれまでと異なるものです。具体的には、それまでのブランド論の中核にあった、自分自身がやりたいと思うこととその発信方法・スタイルの一貫性を重視しようとする志向が欠落しています。前回の見出しで使った表現を再度用いて言い直せば、「自分らしさ」と「他人がみるあなた」を結びつけ、一貫したものにしよう とする態度が見られないのです。

たとえば、佐々木さんは、『みたいもん』(http://mitaimon.cocolog-nifty.com/)というブログを書いているいしたにまさきさんを事例に、「自分の得意分野をブログに書き連ね、それで評価を得ようと考えてはいけない」(68p)と述べています。いしたにさんの「自分で人気記事になると思っても人気が出なかったり、逆に20分程度で書いた記事が大人気になったりする」「自分の了見は考えるだけムダだな。他人がブログを見て正しいと思ったことが正解」(67p)という言及を受け、佐々木さんはとにかく情報発信を続けようと述べます(68p)。つまり、「自分らしさ」に強くこだわることをやめ、まずは可能性にかけて発信してみようというわけです。

このようなスタンスをとる佐々木さんの著作の後半では、以下のような内容が扱われています。セルフブランディングやエゴサーチ(インターネット上で自分の名前や通名を検索し、自らの評判を確かめること)に有用なサイトやアプリの紹介、情報発信のポイント (得意分野のノウハウを掲載することを恐れない、雰囲気作りに柔らかい話を入れる等)、ブログ等が「炎上」した場合の対処法、等々。特に、フォローやリツイート等各種機能の有効な使い方、フォロワーの増やし方、効果的なつぶやき方などの「ツイッター活用術」には、1章分が充てられています。

このように、佐々木さんの著作においては、「自分らしさ」というそれまでのブランド論における中核的関心が欠落しており、また自己表現・発信の手法が完全にソーシャルメディアに特化されています。同書において、セルフブランディングという言葉が示す意味内容はそれまでとは大きく異なったものになったと言えます。この言葉は、自らのウェブ上での評判を高めるための、インターネット、特にソーシャルメディア上 の自己プレゼンテーション技術を意味する言葉に書き換えられたのです。