自己啓発の言論に変化が起きるとき

大元さんの場合、これまでの議論との違いがより強く見られます。まず「ブランド確立」から見ていきましょう。大元さんもブランディングの出発点として読者に自己理解を促しているのですが、それは「自身のプロフィールを太い輪郭線で描き直せるかどうかは、パーソナルブランディングの成否を分かる極めて重要な出発点」(131p)だからと説明されています。つまり「自分が何者であるか」を考え、深めることそのものでなく、「自分が何者であるかが伝わる」(131p)ことが前面に置かれているのです。

その後、将来的な目標の明確化も促されているのですが、ここで示される質問は、「あなたがソーシャルメディアで実現したい目標は何ですか?」(138p)です。人生において、という大きな目標ではなく、あくまでもメディア上でという制約が設けられているのです。そもそも冒頭では「本書が目指すのは、個人が活躍する時代を目前に控えた今、一人一人がソーシャルメディア上に確固たる自分のブランドを確立し、活躍の場を作れるようになることです」(3p)ともされていました。大元さんのブランディング論は徹底して、メディア上で際立つことに絞った議論になっています。

次に「ニーズ照合」です。大元さんの場合、「ターゲットを設定する」「ターゲットが必要としている情報を考える」(139p)といった点は以前のブランド論と共通していますが、「オピニオンリーダーを探す」(141p)というトピックにおいてこれまでと異なる主張が展開されています。ここでは、ターゲットとなる領域の有力者が認める、つまり「業界で評価される振る舞いを学ぶ」(142p)ことから始めようとされています。何よりもまず空気を読もうというわけです。

最後に、「スタイル設定」についてです。大元さんはこれについて、「ネットでの振る舞い方を定める」(149p)ことだと言及しているのですが、以前のブランド論のように「自分らしさ」にもとづいて振る舞い方を決めるのだとは言いません。大元さんは次のように述べます。

「ソーシャルメディア上のコミュニケーションは、ある程度自分を演出する、そう、ペルソナの仮面を被って接することが可能なのです。この仮面を上手に使うことで、あなたをより良く見せることができます。ただし、被ることのできる仮面は一つだけです。二つも三つも被ると信頼を失います。仮面を被ることで現実世界のあなたの弱みを補完する、そんな風に考えて下さい」(158p)。

「仮面に本当の顔を近づける」(162p)という言及もあります。今までのブランド論では、「本当の顔」から「仮面」を作っていくという道筋が必ずとられていました。しかし大元さんは逆なのです。むしろ以下のように、ソーシャルメディア上に表出される「現実の自分よりもちょっと先を行く自分の姿」がまず先にあり、そこに現在の自分をすり合わせていくことが推奨されるのです。これは大きな変化だと言えます。

さて、大元さんの場合、どのように自己表現・発信のスタイルは論じられているのでしょうか。 大元さんが重視するのは「コミュニケーションデザイン」(213p)という観点です。つまり、「自分のコンテンツに人々を導くための仕掛け」となる「導線」(199p)、「自分の最も優れたコンテンツを集中させる」場所としての「ホームグラウンド」(200p)、「多くの人とより深い仲になる」場所としての「エンゲージメント」(200p)という3要素を連携させる活動計画の設定のことです。これは多様なメディアやサービスの活用を含むため、以後100頁近くがブログ、ツイッター、フェイスブックの活用法に割かれることになります。つまり倉下さんと同様に、ソーシャルメディアの使用法がその人となりを表すとされているのです。

今回の内容を整理します。2010年以降の著作(紹介を省略した著作含む)では、ソーシャルメディアの活用をもってセルフブランディングとするような言葉の意味変化が起こっており、それに伴って、これまでのブランド論が前提としてきた、「自分らしさ」の重視という要素が揺らいでいました。

今週のテーマである、ブランド論の意味変化が起こった原因についてはもうお分かりだと思います。非常に単純な話ですが、ソーシャルメディアの影響が非常に大きくあるといえるはずです。特に倉下さんや大元さんは、ソーシャルメディアの登場によってブランディングのあり方が変わると自ら述べていました。

ただ私は、ソーシャルメディアの登場そのものがブランド論を変えたという、単純な技術決定論を言いたいのではありません。ツイッターは2006年から、フェイスブック(日本語版)は2008年から、それぞれサービスを開始しています(mixiは近年の著作ではあまり言及されなくなりましたが、これは2004年からです)。こうしたソーシャルメディアの利用者数が徐々に増大し、それらについての言論が積み重ねられていくなかで、その一部がブランド論に流れ込み、ブランド論を塗り替えていったのだと私は考えます。

なぜ私がこう考えるのかというと、自己啓発とは基本的には言葉を通して論じられ、営まれるものだからです。新しい技術が発明されても、社会・経済的な変化が起こっても、それは自己啓発のあり方に直接作用することはありません。作用するようになるのは、それが言葉として表現され、自己啓発の言論に結びつけられたとき、いわば自己啓発の文脈で通じる言葉へと「翻訳」されたときです。第2テーマ「心」で、「自己啓発書のトレンドには、社会一般の動向とは幾分異なる、独自のダイナミズムがあると考えられる」と述べたのは、このようなことを念頭に置いてのものでした。

ツイッターをタイトルもしくはサブタイトルに冠する書籍は2008年0冊、2009年13冊、2010年92冊、2011年43冊、2012年34冊と推移しています。フェイスブックは2009年0冊、2010年15冊、2011年90冊、2012年90冊です(ともに「紀伊國屋書店BookWeb」調べ、2013年1月19日検索)。このように噴出した言論が佐々木さんらによってブランド論へと結びつけられたところで、つまり他の言論分野で新しく語られ始めた事柄が自己啓発の文脈に「翻訳」されたところで、セルフブランディングという言葉は塗り替えられたのだと考えられます。もう少し事例を積み重ねて考える必要があるとは思いますが、新しい自己啓発のトレンドが現われるパターンの1つは、このようなものではないでしょうか。

さて、今回はかなり長くなってしまいましたが、今回が今までで一番「ポスト『ゼロ年代』」特有の変化を示すことができた回かもしれません。つまり、自分自身が「心から望むこと」にもとづいて仕事や私生活を一つ芯の通ったものに作り直そうとする自己啓発書の「王道」を引き継いで生まれたブランド論が、ソーシャルメディアという技術の導入をきっかけとして書き換えられていくという変化です。自己啓発書全体から見れば部分的な動向かもしれませんが、ブランド論には「ポスト『ゼロ年代』」における変化の一端が象徴的に示されているように私は思います。このことは、残りの2回でもう少し考えててみることにします。

10人の達人に学ぶ セルフブランドの創り方
杉山勝行/三修社/2003年

『ネットがあれば履歴書はいらない -ウェブ時代のセルフブランディング術
 佐々木俊尚/宝島社/2010年

『できる人は「自己ブランド」を持っている! -自分を売り出す成功法則
 遠山善英/中経出版/2006年

『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング
 倉下忠憲/ソシム/2011年

『ソーシャルメディア実践の書 -Facebook・Twitterによるパーソナルブランディング
 大元隆志/リックテレコム/2011年

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