緊急手術から目覚めると、下腹部には人工肛門
救急搬送された病院で、男性は4回にわたって浣腸を受けた。それでも痛みは消えない。
午後7時、X線検査の画像を見た医師は、男性に告げた。
「おそらくバリウムが原因で腸が破れています。手術をしないとダメです」
「手術は明日ですか?」
「いや、今すぐにやります。そうじゃないと手遅れになる」
医師の厳しい表情を見て、男性は事の重大さを知った。手遅れ、ということは死ぬかもしれないのだ……。
午後9時、緊急手術が始まる。
下腹部を開いて、バリウムによって穿孔した下行結腸部分が切除された。大腸に穿孔が起きると、便で腹部が汚染されて腹膜炎や敗血症を起こし、死亡することもある。
午前0時過ぎ、手術は終了。最悪の事態は回避された。
それから2日間ほど、男性は意識が混濁した状態が続く。ようやく覚醒すると、左の下腹部に違和感を覚えた。目をやると、そこには人工肛門が装着されていた。入院は17日間におよび、手術と入院にかかった費用は約30万円になった。
男性は東京の会社で定年まで働き、故郷の町にUターンして第二の人生を始めた直後の出来事である。特に持病もない。バリウム検査の翌日には、ゴルフに行く予定だった。
「バリウムとの因果関係がハッキリしていない」
人工肛門となって、男性は身体障害者4級の認定を受けた。役所で手続きする際、バリウム検査をきっかけに起きた事の顛末を話したが、お気の毒でしたと言われただけだった。
この対応に納得がいかない男性の家族は、胃がん検診の問題を報道していた私(筆者)に連絡してきた。そこで、自治体と検診団体の担当者らが、男性の自宅を訪ねて話し合う時に、私は隣室で聞くことにした。
まず男性が口火を切る。
「医療費についてはどうなりますか」
「今の段階では、自己負担していただくしかありません。高額医療については国保で対応させていただくことしかできない」
自治体には一切責任がないという姿勢に、男性は反論する。
「死にかけたんですよ。本当に苦しい思いをしました」
「ということは医療事故として裁判をお考えですか? 我々にも予測できないことでしたし、バリウムとの因果関係がハッキリしていません」
だが、外科医が男性に渡した診断書には、「バリウムで穿孔した」と明確に記載されている。それを男性が示そうとすると、検診団体の関係者は「専門家じゃないので」と言って、見ようともしない。