健診団体は救済制度があることには触れず
自分のようなケースは他にも起きているのか、と男性が検診団体に尋ねると――。
「水分の補給が少なかったり、別の病気と重なったりして、検査から1週間後に腸内でバリウムが固まったケースが過去5年間で2回ほどありました。検査翌日に手術した例はありません」
男性は、「全国レベルでは、ありますよね?」と食い下がった。これに対して検診団体は「私どもは日本対がん協会の支部でして、(翌日に緊急手術の例は)聞いたことがありません」と回答した。
男性の場合、自治体の胃がん検診で発生した健康被害なので、厚労省の関連組織であるPMDA(医薬品医療機器総合機構)の救済対象になる可能性が高い。自治体や検診団体の関係者であれば、当然知っているはずだが、男性に対して説明しなかった。
彼らが帰った後、私が男性にPMDAの救済制度のことを伝えると、怒りをにじませてこう言った。
「なぜ、教えてくれないのでしょう。責任が問われるからでしょうか。救急車を呼ぶのが遅かったら、命を落としていたかもしれないのに、ひどいです」
バリウム検査が全面廃止されない裏事情
バリウム製剤による腸閉塞や穿孔は、決して少なくない。PMDAに年間で75例が報告されたこともある(2014年度)。その記録や論文などを確認すると、バリウム検査の翌日に緊急手術を行ったケースが大半を占めていた。検診団体の関係者が、男性に説明した1週間後に手術したケースは見当たらず、最長でも4日後だ。
国内最大の検診グループである日本対がん協会の年次報告書によると、2021年度に自治体などの依頼で実施した集団胃がん検診は約170万人、そのうちバリウム検査は約163万人で圧倒的に多い。
同グループのひとつ、前出の群馬県の検診団体元幹部(医師)は、「バリウム検査を全面廃止して、内視鏡検査に切り替える計画を進めたが、強い抵抗にあって断念した」と語っていた。同グループでは、バリウムX線の撮影装置を積んだ高額な検診車を保有し、放射線技師などの専門スタッフを多数抱えている。さらに各検診団体は、莫大ながん検診の費用を支出する各県の幹部職員の天下り先となっているのだ。
胃がん検診に投入される税金は、全国で年間600億円とも言われ、「利権」となっている。人々の命よりも業界の事情や役人の天下りを優先して、バリウム検査が今も脈々と続いているのである。