ここで、アサーティブなAさんがNOを言うときの、上司との具体的なやりとりを考えてみましょう。

上司「残業といったって、2時間くらいなんだから頼むよ」
Aさん「ちょっと待ってください。それは困ります。すみませんが、私は今日、約束がありまして、やりたくてもできないんです」
上司「いやいや、クレームが来て困っているんだよ。少しくらい手伝ってよ。こういう複雑な書類は、おまえじゃなきゃだめなんだよ」
Aさん「今夜はお役に立てませんが、明日の朝早く来てやりますよ。それではだめですか?」

上司との関係維持には真実よりも巧みなうそ

ここまで言えば、上司も無理強いする理由がありません。上司も、Aさんも、どちらもうまくいくアサーティブなNOが言えたことになります。ポイントは、話す前の深呼吸と意思の表明や謝罪の言葉。そしてしっかりNOの理由を述べることも必要です。さらにこのNOの理由が何かも、上司のYESを引き出すための鍵を握っています。とくに彼女とのデートや、家族の誕生会など、人も羨むようなハッピーなイベントの場合は、うそも方便で別の理由を言ったほうがいい場合が多いです。たとえば……。

上司「残業といったって、2時間くらいなんだから、頼むよ」
Aさん「すみません。今日は用事があってお手伝いできません」
上司「なんで? ほかのみんなは残ってくれるって言ってるのに」

このように上司は、時に集団同調心理を利用するなど、あの手この手で残業を引き受けさせようとするかもしれません。そこでAさんはこうNOの理由を明かすのです。「実は今夜は両親が旅行に出かけているので、私が祖母の介護を代わりにやることになっていまして……」とか、「今夜は入院している父の主治医と病状説明のアポが入っていまして」などの理由を言えば、上司はNOを受け入れるしかないはずです。

こうしたうその理由を言うことで良心がとがめる人もいるかもしれません。NOを言えない人はまじめな人が多いので、なおさらでしょう。でも、事実を言って上司との関係を悪化させるより、うそを言って上司との良好な関係を保つようにするほうが賢明な場合もあるのです。

上司からの飲み会の誘いを断るシーンでも、こうしたアサーティブなスキルが大いに役立ちます。会社の飲み会には出ないというポリシーを持った部下でも、「会社は仕事の場であり、飲み会は必要ありますか?」などと上司に言うのはあまり感心できません。たとえそれが正論だったとしても、上司との摩擦しか生まれないからです。それよりうそでも、前出の「祖母の介護があって……」などの理由を使うことが得策となります。

ひとつだけ気を付けたいのは、口から出任せの理由を言った後に、上司からのたたみかけるような質問に口ごもってしまうこと。うそがばれる最悪の展開だと思います。祖母の介護設定で、「へー、大変だね。ご両親はどこに旅行に行ったの?」という質問が上司から出たときは、すぐに「父方の本家で不幸がありまして、鳥取の実家に行ったのです」などの理由が出てくるように、事前にいくつか「設定メモ」を作っておくことをおすすめします。

またアグレッシブな上司の場合は、残業を断るだけで、「ふざけんな! クレームが来ているのは、おまえも関係ある仕事だろ!」などと大声で罵倒するようなこともあるかもしれません。そんなときは、深呼吸のワザなどを使って、まず自分を落ち着かせること。そして静かにこう言うのです。

「職場で大きな声を出すのはやめていただけますか?」