悪魔と呼ばれた嫁
ふと我に返ると、目の前に夫がいた。
帰宅した夫は、家の中が暗いので不在かと思ったが、寝室で布団にくるまり、震えながらブツブツ言っている行田さんを見つけたのだと言う。
瞬間、涙が溢れた行田さんは、自分の携帯電話を夫に渡す。そこには義母からの着信が50件以上。義兄からの着信が10件以上あった。すぐに夫がベランダで義母に電話をかけ、怒鳴り始めた。しばらくして戻ってきた夫は、なだめるように言う。
「優芽子ちゃんは何も心配しなくて良いから。母さんの電話とか無視していいから……」
この日を境に行田さんは摂食障害がひどくなり、過食嘔吐を繰り返す。
「義実家に対する恐怖から逃げたくても逃げられなくて、唯一食べることだけが恐怖を忘れられる方法でした……」
自分の家族に心配をかけたくない行田さんは、会うことを避け続けた。
やがて義母のビンタから5カ月ほど後のこと。義母が救急車で運ばれたと夫に連絡が入る。
仕事中だった夫は、「本当にごめん。俺もすぐに行くから先に病院に行っててくれんやろか……」と申し訳なさそうに言う。
仕方なく行田さんが義母が運ばれた病院へ行くと、義弟と東京から駆けつけた義兄と、おそらく「牧師先生」と思しき女性が病室にいた。行田さんは瞬時に緊張が走る。
行田さんを見つけた義母が、「優芽子ちゃんも来てくれたのね!」と声を上げた途端、「牧師先生」が鋭く言った。
「ダメ! 悪魔と話しては! 悪魔の罪は重い。あの悪魔の罪をお義母さんが代わりに受けたんだ。これは大変なことが起きた……」
義兄と義弟は行田さんを睨みつけたあと、手を合わせ、一心不乱に祈り出す。恐怖に戦いていると、遅れて到着した夫がそっと手を握ってくれた。
義母は車を運転中、猛烈な頭痛とめまいで運転操作を誤り、単独事故を起こしたとのこと。脳内出血のため、早急に開頭手術が必要な状況だと判明し、翌日手術を受けることに。
そして翌日の手術は成功。執刀医は開口一番、「もう大丈夫ですよ」と言った。
義兄も夫も喜んでいる。義弟は泣いている。そこへ「牧師先生」が駆けつけ、義兄と抱き合って喜んだ後、夫と握手した。
「私は手術の間、ずっと祈っていました。義母に死んでほしいと……。夫と『牧師先生』が握手した瞬間、私は裏切られたような気持ちになりました……」