製造ノウハウのないアップルが成長したのは、先行者としてユニークなビジネスモデルをつくりあげたからだった。しかし、EVは違う。アップルが開発に手間取っている間に多くの会社がEVを発表。充電インフラをはじめ、様々なスタンダードができあがってしまった。アップルは自らルールをつくれば輝けるが、既存のルールに乗ると魅力を失う。

今回EVの開発を白紙に戻したのも、既存のルールを覆すだけのものはつくれないと判断したからに違いない。所詮は勝てない戦いだ。負け戦に見切りをつけた決断は評価できるが、遅きに失した感が否めない。

EV開発から撤退しても、アップルに次の一手がないという課題は依然として解消されていない。アップルはEV開発に注ぎこんでいたリソースを生成AI開発に移すというが、遅れを挽回するのは至難だろう。

22年11月にOpenAIがChatGPT3.5を発表した。そこから生成AIの開発競争が起きて、現在はマルチモーダルの生成AI開発に舞台が移っている。

マルチモーダルAIとは、テキストや画像、音声、動画など複数の種類のデータを一度に処理するAI技術のこと。例えばOpenAIが今年2月に発表したSoraは、プロンプト(AIへの指示や質問)を入力すれば、それに応じた動画を生成してくれる。実際にデモをいくつか見たが、腰が抜けるほどの進化だった。

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マルチモーダルAIが普及すれば、まずネット広告業界に天変地異が起きる。これまでEコマースの動画広告は、人気のタレントやインフルエンサーを呼んでセットを組み、手間とお金をかけて撮影していた。しかし、マルチモーダルAIなら、スタジオでタレントに基本の動きをしてもらうだけ。そこに宇宙空間やジャングルの背景を当てはめてもいいし、生身の人間にはありえないアクロバティックな動きをしてもらうこともできる。

そもそも実在のタレントを使う必要もない。理想の容姿や声についてプロンプトを入力すれば、AIが生成した架空の合成タレントが働いてくれる。

例えば、伊藤園は23年9月、「お〜いお茶 カテキン緑茶」のテレビCMに生成AIで作成したモデルを起用し、SNSで話題になった。このCMはさすがに人間のデザイナーが入って微調整しているし、AIが生成したのもモデルのみだ。しかし、マルチモーダルAIを活用すれば、もっと手間なく低予算で動画広告を丸ごとつくれる。同社は商品のパッケージデザインもAIで開発していて、AI活用に積極的だ。

中国のAI企業には解決困難な弱みがある

とはいえ、万能の生成AIにも問題はある。いまAI開発をしている各社が頭を悩ませているのは倫理問題だ。生成AIはネットで収集できる情報を無秩序に拾って並べるが、ネットの有象無象の情報をもとにしていると、時に差別的な内容を回答する場合がある。そこで各社はAIの回答がポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)の範疇はんちゅうに収まるように調整を行っているが、その加減に四苦八苦している。

グーグルは今年2月、生成AI Geminiの画像生成機能を一時停止させた。ポリティカルコレクトネスの安全マージンを過剰に取った結果、誤った回答をしたり、回答そのものを拒否したことで批判を集めたからだ。