「2%の物価目標」は魔法のステッキではない

【後藤】窪園さんは、この辺りについてどうお考えですか。

【窪園】門間さんの説明に少し補足すると、「2%目標」という言葉が出る前に、海外は物価の安定ですごく苦労していたんですね。第二次オイルショックになった1980年前後からかなりインフレが進み、抑えるのに各国はとても苦労した。その中で、1990年代前半のニュージーランドで、インフレーションターゲット(※)という金融政策の枠組みが作られ、物価上昇2%という目標を掲げたんです。すると、それがうまくいって、物価が安定した。

※中長期的なインフレ率の目標値を数値化した金融政策運営の枠組みを指す。日本では2013年1月、デフレからの脱却を目指し、日銀が導入。その後、大規模な金融緩和政策を行った。

その後、日本はバブル崩壊の中で長期低迷が続き、デフレ状況にありました。海外はインフレを抑えようとして2%に設定しましたが、日本の場合はゼロかマイナスの状態だったので、インフレを進めるために2%の物価目標を設定したらどうかという議論が出てきたんです。それに対して、先ほど門間さんがおっしゃられたように、日銀側が「数値を設定するのは非常に難しい」と抵抗した話につながっていくんですね。

窪園博俊さん
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窪園博俊さん

【門間】最初に言ったことと関係しているんですが、物価も経済も日銀だけで良くすることはできないんです。なのに、日銀が2%の物価目標を掲げて、それを実現するよう金融緩和を進めれば日本経済は良くなるはずだ、という議論が世の中に生まれてしまった。

日銀としては、「物価の安定に努めるし金融緩和もするが、2%の物価目標を掲げることで魔法のように経済が良くなるわけでもない」ということを国民にわかってもらいたかったわけです。それでも物価目標を求める論調は収まらないので、そういうせめぎ合いの中で日銀自身、物価の安定の定義を巡り試行錯誤しながら変わっていったんです。

金利と物価の関係はとても複雑

【後藤】「物価の安定」に対して、日銀ができることは金利(※)を操作することだとおっしゃいましたが、そもそも金利と物価はどう関係しているんでしょうか。

※お金を貸し借りする時に必要となるコストの大きさを指す。具体的には、お金の借り手が貸し手に対し、借りた金額に上乗せして支払う対価の割合。

【門間】金利と物価の関係は、「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざぐらい長い連鎖があるので、よくわからなくて当たり前だと思いますし、実際、理屈通りにはならない場合も多いわけですよ。

その上で、一応どういう理屈になっているかというと、たとえば日銀が金利を下げれば、一般の銀行が安い金利で資金集めをすることができるようになるので、その銀行が企業にお金を貸す時の金利を下げられるようになります。企業は安いコストでお金を借りやすくなるのですから、そのお金を使ってビジネスの拡張のために設備投資をし、人を雇います。そうすると家計の所得が増えて、買い物をしたくなる人が増えて、日本全体で消費が増えます。

また、企業の設備投資は機械メーカーなどの売り上げの増加となり、そっちからも正の連鎖が続いていくわけですね。このようにして、日本経済の需要全体が強くなっていきます。物価は基本的には需要と供給の大小関係で決まりますので、総需要が強くなれば日本全体で物価が上がるわけです。