なぜ多様な効果を全身に及ぼすのか

健康に年を重ねるには筋力維持が必須であり、その有効手段の1つとして運動が重要なことは理解してもらえただろうか。では、なぜ運動が多様な効果を全身に及ぼすのか。藤井教授はその解明のために、骨格筋の培養細胞を用いて研究している。

筋肉は運動によってダメージを受けること、そして回復することを筋肉痛や怪我で経験している人も多いだろう。運動に使う骨格筋の維持に関わっているのが、「サテライト細胞」と呼ばれるものだ。

「骨格筋の細胞は細長い線維状で、サテライト細胞はその上に複数へばりついていて、骨格筋細胞に負荷がかかったり損傷を受けたりすると活性化して増殖します。そして損傷部位から内部に入り込んで、骨格筋細胞に変わることで傷が修復されます。このような仕組みがあるため、骨格筋は非常に高い再生力を持っているのです」(藤井教授)

そして、シャーレ内の実験で、世界で初めて骨格筋細胞を動かすことに成功したのが藤井教授の研究室だ。さらに2022年、骨格筋細胞が収縮した際に分泌されるホルモン物質である「マイオカイン」の一種を発見したという。マイオカインとは、ギリシャ語の「myo=筋」+「kine=動作」が語源の名称だ。

ちなみに人間のホルモンは100種類ほど認められていて、すべて体内で合成・分泌される。そして血液などの体液を経由して全身に運ばれ、それぞれの情報が伝わることで身体のさまざまな働きが調節される。骨格筋由来のマイオカインは筋肉の代謝や増大に関わるだけでなく、別の臓器へ作用してそれらの状態を調節したり、骨密度の増大を促すメッセージを送ったりすると考えられている。

ジム
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マイオカインが「運動が身体にいい」を裏づける

「運動の効果が全身に及ぶ理由について、全身に運ばれるマイオカインの存在で説明がつくのではないか。これを『マイオカイン仮説』としています」と話す藤井教授は、これまでに、骨格筋細胞の運動に関係するマイオカインを数十種類発見している。

その代表的なもののひとつが「PDGF-B(platelet-derived growth factor-B)」。もとは血液成分の血小板に含まれる成長因子グロースフアクター(特定の細胞の増殖や分化を促すタンパク質の総称)として発見されたが、筋肉にも存在していることがわかった。骨格筋細胞の培養実験で「筋量と筋力を増強する作用」が確認されている。また「RSPO3(R-spondin 3)」というマイオカインは、骨格筋細胞を疲れにくいマラソンランナータイプに変化させる働きがあることがわかったそうだ。その他の研究グループでは、神経細胞を活性化するというマイオカインや、大腸がんを抑制するマイオカインも発見されているという。

骨格筋細胞の研究とアンチエイジングのつながりが見えてきたし、運動とマイオカインが連携しているのは間違いなさそうだ。藤井教授は将来的に治療や医薬品への応用を見据えていて、それが実現すれば、運動以外の方法で筋力低下を防いだり、理想の筋肉をデザインしたりすることもできるようになる可能性があるという。