ギリギリのところで相手に判断をゆだねる

会社創業するでしょう。会社が軌道に乗り始めると必ず労働組合ができた。労組は自分たちの要求を通すためにストライキをやる。しかし、その要求を飲めば会社は潰れてしまう。そういうときにどうするか。

自分はもちろん相手のいうこともわかる。ギリギリの戦いをやってるんですね。このときに稲盛さんも和田さんも同じようなことをやって、克服している。

「もともと企業は経営者だけのものではない。みんなのものだ。みんなが会社が潰れても、自分たちの要求が正当なもので通したいと思うのなら、会社が潰れてもいい。だけど私は嘘を言ってるわけじゃない。会社の内容は私がよく知っている。口で言ってもわかってもらえないこともわかっているから、会社の内容を全部、出す。それをよく見て検討して欲しい。それでも要求を通すというのなら、構わない」と、判断を預けてしまった。これはなかなかできることじゃない。小手先のテクニックじゃないからね。

「腹を割って話せば物事は解決する」という言い方がある。話せばわかる、という言葉があるが、話したってわかるわけがない。ギリギリの所で経営者が自分を突っ放して相手に心を開く。倒産も仕方がないと覚悟して、すべてをオープンにする。これは話し合いというお手軽な妥協を越えたギリギリの選択、戦いでしょう。

そうすれば相手も本気になって、じゃ考えてみようかとなる。この決断をうながすバネになるのは、やっぱりコンプレックスとの戦いを経験し、一度自分を突き放し、新しい自分を発見するという体験が大事だろう。

挫折を経験していないから失敗できない

俺はどうにもダメな人間だと、ギリギリのとこまで自分と戦う。それは自分を客観的に見つめることになる。その体験が、結局、新しい可能性、新しいエネルギーを生んでいく。逆に、客観的に自分を見つめたことのない人間は心を開けない。

官僚出身の政治家や経営者はギリギリの守りに弱い、といわれるのは、心を開いて相手ととり組むという姿勢がないから。なぜ心を開かないかといえば、コンプレックスとの戦いがなかったからですよ。エリート官僚であればあるほど挫折がない。

田原総一朗『無器用を武器にしよう 自分を裏切らない生き方の流儀』(青春新書インテリジェンス)
田原総一朗『無器用を武器にしよう 自分を裏切らない生き方の流儀』(青春新書インテリジェンス)

成績がよくて、みんなにほめられて東大にスイと入り、また東大をいい成績で出て、キャリア官僚になって、と、挫折のないまま生きてきたわけだから。挫折との戦いがなければ、自分を突破した経験もない。自分を捨てたこともないから、心も開けない、閉じっぱなしで生きてこれたんだ。じつは、自分にコンプレックスがあって、自分との戦いをやって、自分を突破した人間というのは、失敗が怖くない。すでに何度も失敗を経験してるからね。

逆に、コンプレックスと本気で戦ったことのない人間は、やっぱり失敗は怖いでしょう。失敗したら我が人生は終わりじゃないかと思うんだろうね。とても怖がる。で、さらにどんどん閉じていく……。だからこそ挫折感、コンプレックスとの戦いは、とても貴重なんです。だって、自分の本当の可能性を発見するには、避けて通れないものなのだから――。

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