職場でも同じことが言えるだろう。部下はいい格好ばかりして自分を守ろうとするリーダーより、欠点を自ら認めている人についていきたくなるものだ。負け惜しみでなく、自分の欠点は積極的にさらけ出すべきだと思う。
わたしはイギリスのケンブリッジに研修で滞在していたことがあるが、イギリスではユーモアのセンスがとても重要視される。ほとんどの人が自分の交際相手に不可欠な第一の条件としてユーモアのセンスを挙げるほどだ。
イギリス人によると、ユーモアのセンスは苦難に立ち向かうのに不可欠なのだと言い、とくに自分を笑うことが重要だという。知り合いのアメリカ人は、「アメリカ人にもユーモアのセンスはあるが、自分を笑う能力ではイギリス人にかなわない」と言った。
1980年代前半から90年代半ばにBBC で放送された風刺番組「Spitting Image(うり二つ)」をご存じの方もいるだろう。王室や政治家を醜くカリカチュアした人形が登場する政治風刺、社会風刺の人形劇だ。この番組にたびたび登場して(させられて)いた労働党の大物政治家は、この番組が始まると、喜々としてテレビの前に陣取り、自分を揶揄する場面を見て、腹を抱えて笑い転げていたと書いている。このエピソードを聞くだけで、わたしはこの政治家を「器の大きい、信用できる人だ」と感じる。
自分の欠点や失敗を笑うのは難しい。最初は小さいことから始め、自分にちょっとした失敗や不幸が起こったときに、それを同僚や友人に「オレ、こんな失敗しちゃってさぁ」と話してみる。最初は自分を笑うことができないかもしれないが、日々の訓練を積んでいくうちに、大きい欠点でも笑えるようになる。やがて、自分の劣等感や不幸を見つけたら、「しめた!」と思えるようになってくる。
おそらくこれから先、大きい不幸が襲うだろう。老いさらばえ、病気になり、やがて死がやってくる。大きな不幸に立ち向かうためには、日々自分を笑う努力を重ね、そういう不幸をも笑えるほど人間的に成長しておかなければならない。だから、貧相だ、落ち着きがない、ピアノが下手だ、妻に叱られるなどは、簡単に笑えるはずだ。そういう欠点を無数に持っているのを喜べるはずだ。
土屋賢二
1944年、岡山県生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。同大学院博士課程退学。2010年、お茶の水女子大学教授を定年により退官。専門はギリシア哲学・分析哲学。著書は『われ笑う、ゆえにわれあり』など多数。週刊文春の人気連載エッセイ「ツチヤの口車」は12年間続いている。