「人的補償」は日本だけ

また前述のとおりMLBではFA移籍に際して、移籍先球団は移籍元球団に契約金を支払うほかドラフト指名権も譲渡する。

だが、日本のドラフト制度は、アメリカのように完全ウェーバー制(前年の下位球団から順に選手を指名する制度)ではないのでドラフト指名権を譲渡することはできない。その代わりに人的補償という制度で、移籍先の選手を一人、見返りに差し出すことになっているのだ。

人的補償の対象となるのは、移籍先球団の70人の支配下選手の内、「プロテクト」された28人を除く選手だ。

多くの場合人的補償の対象になった選手は、その事実を球団側からいきなり告げられる。また、メディアの報道で知ることもあるという。

その選手がまだ出世前で「どこの球団でもいいから活躍の機会がほしい」と前向きの気持ちを持っていればまだ救われる。

今季でいえば、広島からオリックスにFA移籍した西川龍馬の人的補償となったオリックスの投手日高暖己は、まだ高卒2年目であり、入団会見では「びっくりした」と言いつつも前向きなコメントをしていた。

「嫌ならクビ」は人権侵害

しかし、和田毅のような大物選手の場合、球団の低すぎる評価に傷つくことも多い。長年主力選手として貢献してきた結果がこの報いか、と思っても仕方がない。

しかも人的補償の場合、選手にはこれを拒否する権利がない。

フリーエージェント規約には

人的補償に指名された選手がこれを拒否した場合、その選手は資格停止選手となる

と明記されているのだ。「資格停止」はコミッショナー権限による実質的な「クビ」だ(有期限の場合もあるが)。

突然、他球団への移籍を告げられ「嫌ならクビ」と迫られる。多くの人が言うように人的補償は人権侵害の恐れさえある。

過去にも、工藤公康、江藤智、長野久義、内海哲也(いずれも巨人)、馬原孝浩(ソフトバンク)などタイトルホルダー級の大物選手が、FA移籍の人的補償になった。

チームのスター選手が望まぬ形で移籍するのは、ファンにとってもショックではあったが、これらのベテラン選手は、自分たちの境遇を甘受し移籍先のチームでも若い選手をリードして、懸命にプレーした。その姿勢は称賛に値する。

しかしだからといって人的補償の対象になって、素直にそれを喜んだ大物選手は一人もいなかったのは間違いない。

そもそもFA権が「ドラフト制度による『職業選択の自由』の制限」に対する補完として始まったことを考えると、たった一人とはいえ、選手の移籍に関する自由意志を侵害する人的補償はFA(フリーエージェント)の趣旨に反していると言えるだろう。