「正直、洗脳されていた」

児童虐待防止法がなかった時代である。異常な虐待を大人に伝えても、やめさせるすべはなかった。中学校の先生たちは過酷な家庭環境に同情して、余った給食のパンを分けてくれる、心配して声かけしてくれる、人に伝えたことでそんな環境の変化があった。

「家出騒動からいろいろ母親の悪事をバラして、そこから私も我慢しないで母親と戦うことにしました。ここまでが長かった。それまでは一方的に殴られっぱなし。親だからやり返しちゃいけないという思い込みがあった。正直、洗脳されていた」

「母親は躾と言って虐待するので、助けてって言っても誰も助けない。ボコボコにされても、棒で殴られていても、通行人は誰ひとり通報もしないし、無視。近所の人は、泣き叫んで、アザだらけになっていることを知っている。でも、絶対に誰も私を助けない」

「お前〜! 親に歯向かうのか〜! この親不孝者〜!」

「友だちとか学校の先生が、それはひどい、よく我慢したね、大変だったね、かわいそうにって言ってくれた。私はかわいそうなんだって、私が悪いんじゃないんだってやっとわかった。それで、母親が棒を持って折檻してきたときに、ホウキで応戦したんです。ずっと殴られっぱなしだったけど、初めて立ち向かった」

ホウキ
写真=iStock.com/silviacrisman
「母親が棒を持って折檻してきたときに、ホウキで応戦したんです」(※写真はイメージです)

このとき、母親は美衣さんに対して、見たことのない驚愕きょうがくの表情をしたという。

「それからは殺し合いですよ。素手で戦っても鉄製の棒とか使われるから大変だった。いつも最悪。だって母親は鉄製の棒で本気で殴ってくる。顔はあんまりやられないけど、でも勢い余って頭から血が出たこともある。私からどこを狙うとかっていうよりも、まずは防御から始めた。今まで抵抗しないでずっとうずくまっていたけど、やられっぱなしなのはやめた」

その後、美衣さんが応戦するたびに母親は「お前〜! 親に歯向かうのか〜! この親不孝者〜!」とヒステリックに絶叫し、もっと暴れたという。