「普通になりたい」と思い続けた専業主婦のDさん

専業主婦だったDさんは、お子さんが小学生になり、少し時間ができたことで働き始めることにしました。10年のブランクがあることと、子どもはまだ手がかかる年齢のため、パートタイムで働くことになりました。

夫が育児や家事に参加することはほとんどありませんでしたが、「専業主婦の自分が全部やるのが普通」と思い、がんばってきました。パート勤めが始まっても、子育ても家事も手を抜かないように毎日忙しく過ごしていました。

「はたから見れば、きっとそれなりに幸せに見えるんだと思います」と、弱々しい笑みを浮かべながら話すDさんからは、疲労と寂しさ、そしてかすかな怒りが伝わってきました。

「ほかのお母さんは正社員で働いているのに……それが普通なのに、私はできていない」
「ママ友の旦那さんはいつも子どものサッカークラブについてきていて、今はそれが普通なのに、自分の夫は知らん顔……」
「フルタイムで働いていないのだから、家事と育児くらい普通にできるはずなのに、体がだるくてどうしても起き上がれないときがある……」

「自分がどう思うか」の視点を失っていた

Dさんは、毎日を一生懸命がんばっているのに、こういった苦労は「それが普通」で済ませていました。

寝子『「親がしんどい」を解きほぐす』(KADOKAWA)
寝子『「親がしんどい」を解きほぐす』(KADOKAWA)

カウンセリング中、親との関係に話が及んだとき、Dさんはふと「親は普通の人で、“ああしろこうしろ”と厳しく言う人たちではなかった。でもいつも“普通だったらいい”“普通にしてくれればいい”と言われていました。だから私は“普通になろう”と生きてきた……」と話され、その直後、はっと顔を上げ、

「普通ってなんですか?」

と、それまでより少し大きくなった声で尋ねられました。

“普通”という、さも「特別なことは望んでいない」かのように、でも本人らしさを否定する言葉を親から繰り返し聞いているうちに、Dさんは知らず知らず「自分がどう思うか」という視点を失ってしまっていました。

「自分は何を感じ、何をしているときに楽しく思い、何がしたくて何をしたくないのか」。このことを考える代わりに、「普通とは?」という答えのない問いと戦ってきたのです。