セカパの男女関係は3つのパターンに分類できる

あの手この手で伝手を辿り、セカンド・パートナーの関係にある男女から話を聞いた。すると彼、彼女らの関係には、概ね、三つの型というかパターンがあることがわかった。

まずひとつは「不倫願望卒業群」だ。これは、もし出会ったのが互いに独身同士であればすぐにでも体の関係に至ったであろう。

しかし既婚の身という立場上の制約もある。だから体の関係は持てない。やがて付き合いは長くなりいつしか体の関係云々は必要なくなったというものである。

また、特に男性の場合、年齢が上がれば上がるほど性的機能の衰えから女性を満足させる自信がない。ゆえにあえて体の関係を持たず、そのままそれを持つ機会を逸したというケースも少なくない。

ふたつ目は、そもそもの出会いから体の関係を持つことを目的としない関係だった人たちである。これは幼馴染や学生時代からの「異性の親友」といった関係が長く続き、気がつけば配偶者よりも深い関係にあるというものだ。この関係における“正統派”といったところか。

そして三つ目は、意外にも「特殊性癖の嗜好しこう」を持つ人。とりわけSM嗜好の人たちである。その界隈の人たちによると、行為で必ずしも挿入を求めないという。

精神的なつながり=「不倫ではない」という主張

SM界隈で相手が配偶者以外の異性だという人たちの多くは、「あくまでもSMという精神世界での相手」「挿入を前提とせず関係性を互いに求めるもの」として、この関係は不倫には当たらないと考えている節があった。

もっとも何人かの弁護士の声を総合すると、離婚訴訟や調停の場で、SMは「疑似性的行為」として認められることもあるという。そのため、「SM関係だから不倫ではない」という主張は、これまではさておき今後は通らない可能性が高いとみていいだろう。

SM嗜好の人たちとほぼ同類といえる関係には、「(習い事などの)講師と生徒」「占い師とクライアント」といったものがある。

幼馴染や異性の親友といった関係性以上に、より互いの立場が鮮明化していることから、体の関係を云々する関係に最初からなく、ただただ互いに精神的な繋がりを深めていく関係である。

こうした取材の成果を世に問うたのが、拙著『友達以上、不倫未満』(朝日新書)だ。2017年の発刊以降、その反響は長年の文筆業の経験でも初めてといっていい不思議なものだった。