「VISA経済圏」にSuicaが挑む

同社は2022年に、QRコードを使用した「新たな乗車サービス」を2024年度以降順次開始すると発表しているが、これはQRコード乗車券の購入記録を、クラウド型Suicaと同様にセンターサーバで管理・判定する仕組みで、明言はされていないがシステム的には同一と思われる。

導入時点ではインターネット上で購入した乗車券・特急券のQRコードをスマホに表示して利用する形態だが、将来的には駅の自動券売機で発行する紙のQRコード乗車券に発展するだろう。

だがJR東日本の狙いは乗車券システムの刷新のみならず、Suicaを交通利用に付随する少額決済に止まらず、同社のサービスの真の中核に位置づけることにある。同社は「新しいSuicaサービス」の特徴を、

・Webやスマホとの親和性が高く、いつでも手軽に商品を購入できる
・購入した商品などはSuicaをタッチして認証により手軽に利用できる
・会員向けサービスへの対応、業態をまたがる柔軟な商品設定などができる

として、具体的には鉄道利用と沿線商業施設・イベントを融合した相互の割引クーポンの発行などを想定している。

JR東日本が「IT・Suicaサービス」を「輸送サービス」「生活サービス」に続く経営の第3の柱と位置付けて久しいが、2016年から2021年にかけて施設・サービスごとに分立していたポイントサービスの統合・共通化を完了させ、加えてハウスカードやモバイルSuicaの乗降データ・購買データの紐づけを進めており、ようやく3つの柱が有機的に統合する段階に入りつつある。

地方路線ほどタッチ決済がありがたい

だがタッチ決済がSuicaを追うのとは対照的に、こちらの分野ではJR東日本がVISAの後を追う形になる。クレジットカード事業の基本は、カード発行、加盟店開拓を通じて自らの経済圏を構築することだからだ。

VISAが目指すのは、タッチ決済が普及した都市からの旅行者が、出発地から空港までの移動や食事、目的地での移動、買い物、宿泊まで、国境を越えて「いつものカード」1枚でシームレスに過ごせる経済圏の構築だ。

これは利用者のストレスだけの問題ではない。乗車券の引き換えなどに費やされる時間は消費が生まれない「ロス」であり、それをスムーズに移動できていれば、カフェに入るなり、買い物をするなり新たな消費につながったかもしれない。つまり機会損失が生じているからだ。

実際、VISA日本法人によればタッチ決済を導入した路線では、周辺の加盟店の利用金額が増加するなどの波及効果が表れているという。乗車券購入のストレスから解放される旅行者、外国人旅客対応を省力化できる交通事業者、売り上げ増につながる加盟店、利用を増やしたいVISAのすべてにメリットがある。

タッチ決済が国内利用者にも広がればJR東日本も静観していられない。すでにSuicaを中心とする全国相互利用交通ICカードより導入コストが格段に小さいことを理由に、地方のバス事業者、中小鉄道事業者のタッチ決済導入が相次いでいる上、ICカードを導入済みの大手私鉄や地下鉄もタッチ決済の導入を決めつつあるのが現状だ。