トイレの扉が開くのを30分以上も待っていた

警察官は続けて「お子さんは自閉症なのですね」と言ってきた。勇太君のバックパックにはヘルプマークが付けてあるし、療育手帳には「自閉症の障害があります」と書き込んである。警察はそれを見て事情を理解したのであろう。大事にならなそうな気配に母は安堵あんどした。

母が「どういう様子なのでしょうか」と尋ねると、警察官が状況を説明してくれた。

トイレの入り口のイメージ
写真=iStock.com/y-studio
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勇太君はトイレの前で扉が開くのをずっと待っていた。30分以上も待っていたらしい。なぜ、30分も開かなかったのか。詳しい事情は分からないが、どうもホームレスの人がトイレに閉じこもっていたらしい。勇太君は帰宅時刻を厳格に守るので、門限が気になってイライラし、それが昂じてパニックになった。そして通報されたのだ。

母は勇太君と電話を代わってもらった。勇太君が向こうで叫んでいる。

「これからは30分待たない。20分待ってドアが開かなかったら諦めて、次のトイレ、見に行く!」

電話はブツッと切れた。こういう日は帰宅後に勇太君は大暴れになることが常だった。そこで母はLINEでメッセージを送った。

『警察から電話がありましたけれど、20分ルールを作ったのはよい工夫ですね。これからのトイレ撮影に生かして下さいね』

「親亡きあと」の勇太君の人生とは

夕方になって帰宅した勇太君は普段と変わらない様子で落ち着いていた。ただ叫びすぎで声がガラガラだったけれど。そして何度も「20分で次のトイレに行く!」とくり返していた。

普段から、勇太君は警察を異常に怖がっている。だけど警察に通報されてもそれ以上のパニックにならず、母親の携帯電話番号を伝えるというのは冷静な対応だった。さらには自らルールを作って、今後パニックになって通報されないようにしているところなどは、これまでにないことだった。

子どもが成長するのは当たり前だろう。でも大人になっても成長するのだと母は実感した。母が以前に思った以上に勇太君は自分で考えて行動するようになった。HOPE神田で学び、社会に出て働いたことが想像以上の成長につながっているのだろうと母は思う。

勇太君が高等部に通っていたとき、母は「親亡きあと」の勇太君の人生をひどく心配した。グループホームを自分の手で作ることも考えたし、実際に建物を作る不動産事業に携わる公益社団法人を紹介してもらったりもした。ただ同時に、こういった制度や法律はどんどん変わっていくということも知った。だから今からあまり先のことを考えても仕方がないとも言えた。常に新しい情報を仕入れながら、5年ごとに新しいプランを立てればいいと助言を受けた。