消し去る、熟成させる、別のドアを開く…時間の働き

その時は不幸だと思っていたことが、あとで考えてみると、より大きな幸福のために必要だったということがよくあるの。

ピアニスト フジコ・ヘミング

年を取るにつれ、時間の働きの精妙さに感じ入ることも多くなります。

たとえば、私は学生時代、今思えば信じられないような行為をしたものです。たくさんの人に迷惑もかけました。

不思議と大事に至らず、留年などもせずにすみましたが、よく切り抜けられたものだと思います。

時間には、消し去る、熟成させる、別のドアを開くなどさまざまな働きがあります。私が今日あるのも、そういう時間の助けによるところが大きいと感じています。

米国で定年を迎えていたらと思うとゾッとする

私は大学院で妻と共同研究をしていました。当時は医学部が少なく、卒業後も二人で研究を続ける道は、日本にはありませんでした。

そこで、米国に行くことにしたのです。米国の状況をあまり理解しないまま、永住のつもりで渡米しました。

しかし、当時の米国の人種差別は強く、日本人教授の下には米国人の部下が来なかったりしました。親しい米国人もできにくく、定年後は孤独に耐えかねて帰国したり、ロサンゼルスの日本人街に移住する人も多かったのです。

授業で分子モデルを使用する医学部教授
写真=iStock.com/SDI Productions
※写真はイメージです

やがて私も帰国を考え始めますが、もう日本に居場所はなく、本当に帰国できるかどうか危ない状況でした。

生まれ故郷に新設された医科大学の教授になり、そこで妻も一緒に働けるようになったのは、偶然がいくつも重なった奇跡のようなことだったのです。

今でも、「もし、あの時に帰国できなかったら、今頃、米国のどこでどうしていただろう」と想像して身の毛がよだつこともあります。

米国で定年を迎えていたら、今のように本を書いたり、講演をしたり、若い人と研究をしたりする晩年は、とても望めなかったでしょう。

同時に、米国生活のような危険な道も、今の生活を実現するための伏線だったのではないか、とも思うのです。その細い道は時間という神様が選んでくれたのかもしれないと感じています。

私は偏った性格で、HSPでもあります。そのため、大変苦しみました。