ケルン応用科学大学のアニエシカ・ゲーリンガー教授(経済学)によれば、ドイツ人は現金を安全だと感じているという。「これまで長年にわたって習慣的に現金を使用し、その仕組みをよく理解していて、個人データも守られると分かっていれば、あえて支払い方法を変えようとは思わない」と、ゲーリンガーは語っている。

こうしたドイツ人の現金に対する姿勢を生んだ一因として、ゲーリンガーはドイツ人の歴史的経験を挙げる。

ドイツ人は、ワイマール共和国時代の1923年にハイパーインフレを経験し(食パン1斤の値段が何十億マルクにも跳ね上がった)、第2次大戦後の通貨改革により人々の蓄えの90%近くが消失した。そして冷戦時代には、東西ドイツの分断によって、共産主義体制下の旧東ドイツの人々は経済的に困窮した。

「これまでの歴史で相次いだ大激変は、(ドイツの国民性とされる)『ドイツ人の不安』の根底にある要因と考えられている。ドイツ人は、物事をコントロールできなくなることを極度に恐れる」と、ゲーリンガーは言う。「それに、現金を自己コントロールと自己監視の手段と考える人たちもいる。個人の支出状況を把握しやすいためだ」

ドイツ人がクレジットカードの類いを使いたがらないもう1つの理由は、借金への恐怖心だ。「ドイツ人は借金を嫌う」と、独ロストック大学のドリス・ノイベルガー教授(金融論)は指摘する。

実際、ドイツ語で「債務」と「罪」は同じ単語(Schuld)だ。このように借金を忌避する道徳観が根強いことは、ドイツで「債務比率とクレジットカードの使用率が低い」理由になっていると、ノイベルガーは言う。

それだけではない。現金は幅広い層にとって利用しやすい。例えば、スマートフォンやコンピューターを使い慣れていない高齢者は、現金のほうが使いやすく感じる。

さらにドイツ連銀によれば、50ユーロ以下の少額決済では現金の保有コストがキャッシュレス決済の手数料より安くなるため、小売業者や消費者にとって現金のほうが有利になる。ただし、紙幣や硬貨の製造・保管・輸送にかかるコストは最終的には消費者に転嫁されると、専門家は指摘する。

現金主義の短所はほかにもある。ドイツ連邦議会技術評価局の報告書によれば、高水準の現金保有は中央銀行による「金融政策の選択肢」を狭め、「現金での保有は金融投資への高いハードルになる」。