子どもたちが読める文字を、私が作る
そう思ったのは、特別支援学校で、ロービジョンの子どもたちが苦労する姿を実際に目の当たりにしたからです。
実はロービジョンの子どもたちが苦しめられているのは、「文字の小ささ」だけが原因ではありませんでした。教科書体の特徴である「とめ・はね・はらい」などの線の流れ、独特の線の細さ、書体ごとの形の違いなど、「文字を習う教育現場」だからこそ無視できない課題が山積していたのです。
それを知って、私は「これは社会の穴だ」と思いました。書体デザイナーとしても今まで気づけなかったことを申し訳なく感じました。
同時に、書体デザイナーとしての闘志が、心の底からめらめらと湧き上がるのを感じました。
読める文字がないのであれば、作ればいい。
誰に頼まれなくても、私が作ってみせる。
そう決意し、UDデジタル教科書体の開発に乗り出すことになります。
UDデジタル教科書体が1人の男の子に起こした奇跡
構想からリリースされるまでに要した期間は、実に8年。その間、嬉しいこともつらいこともたくさんありました。「このまま世に出せずに終わるかもしれない」。そう絶望しかけたときもあります。
それでも諦めることなく、世に出すことができたのは、いっしょに汗を流して開発を進めてくれたデザイナーの仲間たち、さまざまな知見やアドバイスを与えてくださった研究者の先生方や支援者の方々、そして何よりも「文字が読めないせいで将来の可能性が閉ざされる子どもたちを一人でも減らしたい」という多くの方の切実な願いがあったからです。
2016年のリリースから約7年が経った今、その願いがどこまで叶えられているのか。
私には正直わかりません。
ただ、わずかでも、必要としている子どもたちに届けられている。
そう感じられる瞬間もありました。