いつも途中で読むのを諦めていた

UDデジタル教科書体の完成から3年が経った頃、私は仕事の関係で、障害のある子どもの教育や就労を支援している会社を訪れました。

そこでは発達障害、学習障害、ダウン症といったさまざまな困難を抱える子どもたちを支援する学習教室を運営していたのですが、あるベテランの女性スタッフの方が、こんな話をしてくれました。

「うちの教室に、ディスレクシアの小学生の男の子がいるんです。その子は普通の本や教科書では文字がうまく読めなくて、『どうせおれには無理だから』って、いつも途中で読むのを諦めていたんです」

その学習教室では、男の子のために、マルチメディアデイジー教科書(パソコンなどで文字の拡大、文字や背景色の変更、音声再生などが行える教材)を使って、授業を行っていました。

しかし、それでも彼の読みづらさは解消できなかったと言います。

「おれ、バカじゃなかったんだ!」

「それで、あるときUDデジタル教科書体のことを知って、試しに教材のフォントを変えてみたんです。そしたら教材を見た瞬間、その子が『これなら読める! おれ、バカじゃなかったんだ!』って。暗かった顔がぱあっと明るくなって、その顔を見たとき、私、思わず涙がこみあげてきてしまって。その場にいたスタッフ皆、今まで男の子が悔しい思いをしてきたのを知っていたから……。みんなで男の子の周りに集まって、泣いてしまいました」

その子が人知れず背負ってきたつらさ。思うように学べない環境が放置されてきたことへの申し訳なさ。そして支援者の方たちが、UDデジタル教科書体を見つけて、役立ててくれたことへの感謝。

男の子の話を聞いたとき、私の心にさまざまな感情がどっとあふれ出てきて、思わず涙がこぼれそうになりました。

障害は、人ではなく、社会にある。

どうか、ロービジョンやディスレクシアの子どもたちが置かれている書体環境や困りごとに、もっと目を向けてほしい。

そう思った私は、女性が話してくれたエピソードを、3つのツイートに分けて書き記し、自分のツイッターアカウントから投稿しました。自分のフォロワーにいるデザイナー仲間に知らせたいと考えたからです。