特別支援学校の授業でショックを受けた

今から約16年前の2007年。

私は新しい書体を開発する中で、特別支援学校に通うロービジョンの子どもたちと触れ合う機会を得ました。

教室の机と椅子
写真=iStock.com/GlobalStock
※写真はイメージです

子どもたちは授業で、拡大教科書を使って勉強していました。拡大教科書とは、弱視児童生徒のために教科書の文字や図形を拡大などして複製したものです。

2008年に成立した教科書バリアフリー法により、今では教科書発行者に対して、通常の教科書だけでなく、同じ内容の拡大教科書などを発行する努力義務が課せられています。

しかし、当時はそのような法律はありませんでした。そのため子どもたちの親やボランティアの方々が、教科書の文字を一文字ずつ、別の紙にフェルトペンで大きく写して拡大教科書を手作りしていたのです。

それでも見えにくいのでしょう。子どもたちは机に鼻先が当たるくらい、ぐっと顔を近づけて、教科書を読んだりノートを書いたりしていました。

その様子を見て、私はいたたまれない気持ちになりました。

書籍、雑誌、新聞、ワードプロセッサ(以下、ワープロ)、パソコン、食品表示ラベル、そして電車の車内ディスプレイに至るまで、これまで私はさまざまな場面や用途に合わせて、いくつもの書体をデザインしてきました。しかしそのどれもが、企業やそのユーザーの要望に合わせた文字の印象やバランスのデザインに終始していました。

デザイン以前に、読める文字がないことで、生活や学習に大きな負担を強いられている子どもたちがいる。

その事実を知り、大きなショックを受けたのです。

UDフォントの開発を進める中で抱いた疑問

ちょうどその少し前に、私は取引先の企業から依頼を受けて、「UDフォント」の開発を進めていました。「UD」とは、「ユニバーサルデザイン」のことです。UDデジタル教科書体のUDも、同じ言葉からきています。

ユニバーサルデザインとは、文化・言語・国籍・年齢・性別・能力などの違いを問わず、より多くの人々が利用できるデザイン概念のことです。わかりやすい例だと、絵や図だけで情報を伝えるピクトグラムなどがあります。

高齢化が加速し始めていた当時、フォント業界でも「お年寄りが読みやすいように、字面が大きく、線が太くはっきりとした書体」の開発が、にわかに求められるようになりました。

ただ、私はUDフォントの開発を進めるうちに、ある疑問を抱くようになります。

「字面が大きく、線が太くて、読みやすい形状に変えたフォント。でもそれだけで、本当にユニバーサルデザインを実現していると言えるのだろうか……?」