日本の識字率は100%とされているが、実際には多くの子供たちが読み書き障害を抱えている。書体デザイナーの高田裕美さんは「教科書に使われる書体には、『とめ・はね・はらい』などの線の流れ、独特の線の細さ、書体ごとの形の違いなど、文字を習う教育現場だからこそ無視できない課題が山積していた。こうした課題を解決するために開発したのが『UDデジタル教科書体』だ」という――。

※本稿は、高田裕美『奇跡のフォント』(時事通信社)の一部を再編集したものです。

教室で手を挙げている子どもたち
写真=iStock.com/recep-bg
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文字の読めない子どもたち

少しだけ、想像してみてください。

小学校の国語の時間。先生から指名された子どもが、順番に立ち上がって教科書を朗読しています。

朗読しているのは、「ちいちゃんのかげおくり」です。

夏のはじめのある夜、くうしゅうけいほうのサイレンで、ちいちゃんたちは目がさめました。『さあ、急いで。』お母さんの声。外に出ると、もう、赤い火が、あちこちに上がっていました。

読み終えた子が、席につきます。次は、後ろの席の男の子の番。

男の子は教科書を手に持って立ち上がると、まじまじと開いたページを見つめます。

そのまま5秒、10秒……。なぜか男の子は読み始めません。

「どうしたんだろう?」

まわりの子どもたちが、怪訝そうに男の子の顔を見つめます。教室に流れる沈黙の時間。

次の行には、こんな一文が書かれています。

お母さんは、ちいちゃんとお兄ちゃんを両手につないで、走りました。

長くもない、難しくもない文章。

「ただ、読めばいいだけなのに」

きっと、まわりの子どもたちはそう思うでしょう。

男の子だって、心の中ではそう思っています。

でも、読めません。読みたくても、読めないのです。

男の子は、じっと身を固くしたまま、その場に立ち尽くすことしかできずにいます。

日本語話者の5~8%が「ディスレクシア」

「わたしは文字がうまく読めません」

もしも皆さんが、子どもからそう言われたら、どんなことを考えるでしょうか。

本を読むのが好きじゃないのかな? 漢字が苦手なのかな? 人前で声を出して読むのが恥ずかしいのかな?

そんなふうに思われるかもしれません。

けれども、理由はそれだけではないのです。

例えば、先ほどの男の子の目には、こんなふうに教科書の文字が見えていたかもしれないのです。

ディスレクシアの子どもの見え方
画像=筆者作成

文字が重なって見えたり、似た字の区別がとっさにできなかったり、文字を見ても何と読むのか一瞬考えてしまったり。教室で順番に朗読するような場面だと焦るあまり、文字がゆらいだり、ねじれたり、反転して見えることさえあります。

こうした障害を「ディスレクシア」(発達性読み書き障害)と言います。

ディスレクシアは、文字をすばやく、正しく、疲れずに読むことに困難のある、学習障害の一つです。そのメカニズムは、まだ完全にはわかっていませんが、脳の音韻処理を司る機能に障害があると考えられています。

専門家による調査では、日本語話者の5~8%がディスレクシアであるという報告がなされています。これが正しければ、1クラス(35人)のうち2~3人の子どもは、読み書きに何らかの困難を感じていることになります。