※本稿は、高田裕美『奇跡のフォント』(時事通信社)の一部を再編集したものです。
文字の読めない子どもたち
少しだけ、想像してみてください。
小学校の国語の時間。先生から指名された子どもが、順番に立ち上がって教科書を朗読しています。
朗読しているのは、「ちいちゃんのかげおくり」です。
読み終えた子が、席につきます。次は、後ろの席の男の子の番。
男の子は教科書を手に持って立ち上がると、まじまじと開いたページを見つめます。
そのまま5秒、10秒……。なぜか男の子は読み始めません。
「どうしたんだろう?」
まわりの子どもたちが、怪訝そうに男の子の顔を見つめます。教室に流れる沈黙の時間。
次の行には、こんな一文が書かれています。
長くもない、難しくもない文章。
「ただ、読めばいいだけなのに」
きっと、まわりの子どもたちはそう思うでしょう。
男の子だって、心の中ではそう思っています。
でも、読めません。読みたくても、読めないのです。
男の子は、じっと身を固くしたまま、その場に立ち尽くすことしかできずにいます。
日本語話者の5~8%が「ディスレクシア」
「わたしは文字がうまく読めません」
もしも皆さんが、子どもからそう言われたら、どんなことを考えるでしょうか。
本を読むのが好きじゃないのかな? 漢字が苦手なのかな? 人前で声を出して読むのが恥ずかしいのかな?
そんなふうに思われるかもしれません。
けれども、理由はそれだけではないのです。
例えば、先ほどの男の子の目には、こんなふうに教科書の文字が見えていたかもしれないのです。
文字が重なって見えたり、似た字の区別がとっさにできなかったり、文字を見ても何と読むのか一瞬考えてしまったり。教室で順番に朗読するような場面だと焦るあまり、文字がゆらいだり、ねじれたり、反転して見えることさえあります。
こうした障害を「ディスレクシア」(発達性読み書き障害)と言います。
ディスレクシアは、文字をすばやく、正しく、疲れずに読むことに困難のある、学習障害の一つです。そのメカニズムは、まだ完全にはわかっていませんが、脳の音韻処理を司る機能に障害があると考えられています。
専門家による調査では、日本語話者の5~8%がディスレクシアであるという報告がなされています。これが正しければ、1クラス(35人)のうち2~3人の子どもは、読み書きに何らかの困難を感じていることになります。