では、どうすれば他人と自分を比較して嫉妬しなくてすむ本当の幸福感を抱くことができるのか。ラ・ロシュフコーは『箴言集』でこう言っています。「幸福になるのは、自分の好きなものを持っているからであり、他人が良いと思っているものを持っているからではない」

僕はこれまでいろいろな経営理論を学んできました。まだ学生の頃、アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した「二要因理論」という理論もそのひとつ。この理論は人間の幸福や満足感を促進するモチベーションはどこから生まれるのか、を探るのがテーマでした。

実証研究で明らかになったことは、ビジネスパーソンなどのモチベーションの最大の要因となるのは、「人に信頼されること」や「本人が実践すること(仕事など)自体に意義を感じられること」だったことです。これらの要因が大きくなればなるほど、本人の満足感、幸福感はがぜん高まりました。

一方、面白いのは、「給料」や「勤務条件」といった待遇面の要素を上向かせて、昇級・昇進をしたとしても、意外なことに満足感・幸福感はあまり満たされなかった。確かに「不満足」感は消えていきましたが、それが必ずしも満足感につながらず、モチベーションもあまり高まらない。つまり、この調査の結果、人の「満足」の対極は「不満足」ではなく、ただ不満足が解消されるという「没不満足」の状態だったのです。昇給や昇進を果たした「没不満足」な状態は、本質的なモチベーションが湧いたり、満足感・幸福感が高まるわけではない。結局、本人が仕事そのものに楽しみや意義を感じている状態が「最高」だったのです。まさにラ・ロシュフコーが言った「幸福になるのは、自分の好きなものを持っている」状態こそが幸せだということを証明した形になります。自分の人生を価値あるものにするためには自分の軸、価値基準の確立が必須です。次項でそのことを解説していきましょう。

【第2の条件】決して、うまくやろうと気負ってはいけない

思い通りにいく仕事なんてひとつもない

近年、世の中でもてはやされている言葉があります。困難に直面してもやり抜く力を意味する「GRIT」や、逆境から回復する力を意味する「レジリエンス」です。現代の日本には、そうしたつらい局面に遭遇し、心が折れてしまう人が多いということでしょう。とりわけビジネスシーンにおいてこうした言葉が流通しているのは、「困難時にやり抜く力」や「挫折からの回復力」がなければ、競争の激しい世界では生き残れないと考えられているから。

【図表】人生の分かれ道 幸せになる人はどっち?

そのため、ビジネスパーソンは「この仕事をうまく乗り越えよう」「成功を積み重ねていこう」という常勝・上昇意識を無意識に抱くことが多いのですが、この2つのはやり言葉は一種の呪縛になる恐れもあります。「うまくやろう」「成功しなければならない」という気負いや思い込みを生み出し、それがゆえに「うまくいかないのではないか」といった心配や不安を誘発し、実際にネガティブな感情や結果を自ら招いてしまうこともあります。

そのような負のスパイラルから抜け出すにはどうしたらいいのか。参考までに僕の仕事術を紹介します。

生活や仕事をする中で、人は次第に自分の本質を知り、自分の価値基準や、生き方のスタイルを練り上げていきます。それが自然とその人の「好き・嫌い」や「幸せの基準」にもなります。僕の場合、無類の本の虫で、書くことが至上の喜びです。書けと言われれば10万字でも100万字でもできます。その代わり、組織で働くことがあまり得意ではありません。簡単にいえば社交性は高くなく、ひとりの時間が好きということなんです。こうした「傾向」は人の数だけあるでしょう。

そんな僕が行き着いた仕事に対する「構え」があります。それは、「思い通りにうまくいく仕事なんて世の中にひとつもない」というもの。これを「絶対悲観主義」と呼んでいます。

仕事とは、100%自分以外の誰かの役に立つためにすること。自分のためにすることは趣味です。仕事は、自分以外の他者=お客さまに価値を提供して喜んでいただくことです。

大事なポイントは、こちらがお客さまをコントロールできないということ。どんなに偉い人でも、あのイーロン・マスクさんでも客に自社の製品やサービスを無理やり買わせることはできません。相手がいる話なので、こちらの思い通りになるわけではありません。

うまくいくかどうかは、やってみなければわかりませんが、いついかなる状況や仕事でも「世の中はそんなにうまくはいかない」「いいことなんてひとつもない」という思いで常に事前に構えておく、これが絶対悲観主義です。

何事においても「まあ、うまくいかないだろうな」と構えつつも、「でもちょっとやってみるか」。こういうスタイルなんです。

冒頭で触れたように「GRIT」や「レジリエンス」が声高に叫ばれるあまり、成功の呪縛にとらわれているビジネスパーソンがいるのなら、この絶対悲観主義の導入を検討してもいいかもしれません。もちろん、この主義は僕にフィットしたものであって、すべての人に適しているわけではありませんが、試す価値はあるように思います。

結局のところ、私の考える最強のソリューションは「成功しない」ことです。客観的にある程度達成できても「これは成功と呼べるほどではない」くらいの認識でいるのがいい。

そもそも自分の思い通りになることなんてほとんどない。その「事実」をしっかりと胸に刻めばいい。それにより“成功の呪縛”から抜け出て、自由になれる。そうなると、不思議に困難も逆境も挫折もない。思い通りにならないという覚悟を決めさえすれば、あとは目の前の仕事を気楽に取り組み、淡々とやり続けることができます。GRITとか、レジリエンスとかいった力は特段必要ではなくなるのです。