「そしたら、やってみますか」

小林の泊まるホテルの会議室に医療ベンチャーの人々を伴って現れた三木谷は、会合が終わるなり廊下に出た小林にこう言ったという。

「どのくらいかかりますか?」

治験の第I相試験にいくらくらいかかるのかということだった。

光免疫療法の場合、治験で「IR700とセツキシマブの複合体(のちに「アキャルックス」と名づけられる)」と「近赤外線照射装置(のちに「バイオブレードレーザシステム」と名づけられる)」の承認を得ることが必要だ。万が一、第I相試験で重篤な副作用が出たり、何らかの不具合が見つかったりすれば即刻治験は中止される。そして、治験の際に患者にかかる費用はすべて治験を行う側が負担しなければならない。

「フェーズ1では10名ぐらいの患者さんを集めて治験を行おうと思うんですが、その場合、どうしても600万か650万くらいのお金がかかってしまいます」

「それはドルですか?」と三木谷が聞く。

「はい、円だとざっと7億円か8億円くらいになると思います[当時は1ドル=120円]。患者さん1人につき、だいたい3000万円から5000万円かかるというイメージですね」
「なるほど……」

そう言ってほんの2、3秒考え込んだ後、三木谷はこう言った。

「そしたら、やってみますか」

握手
写真=iStock.com/nuttapong punna
※写真はイメージです

ひとりの天才だけでは世界は変わらない

思いがけない言葉が、思いのほか軽い調子で返ってきたことに驚いたのを小林は覚えている。

「小林先生、やりましょう、治験」
「え?」
「お金は私が出します」

小林は息を飲んだという。「まさかそういう話になるとは」思っていなかったからだ。

「もちろんうれしかったですよ。あのお金のおかげでその後、研究は一気に5段6段飛び越えて進んだんですから。でも何よりね、三木谷さんにこちらを信用していただけたことがうれしかった」

三木谷は言う。

「インターネットの存在を知った時、ああ、これが世界を変えると思いましたが、何かが世界を変える時って、ひとりの天才がいるだけではダメで、ほんとにいろんなことが組み合わさらないと奇跡って起きないんです。

光免疫療法はもちろん小林先生という天才がいないと誕生しなかった治療法ですが、いろんな人が関わって初めてできるものなんだと思います。途中から参加した僕の役割はお金を出すことだった。資金援助することでプロジェクトを前に進められる」